風紀とは最近まで良好な関係を築いていたのだが、委員長が例の転入生にお熱になり、亀裂が入った。もちろん、委員長以外は彼方が生徒会の仕事をしていることは知っていたが、よりによって風紀で一番権力を持っている人間が敵に回ったわけである。
 生徒会役員、風紀委員長、学園の生徒たち。このみっつが揃えば会長のリコールなど赤子の手を捻るよりも簡単だ。
 それでもたぶん、情けくらいはかけてくれるつもりだったのだろう。すぐさまリコールされるということはなかった。
――最後のきっかけをつくったのは、渦中の転入生だった。
 絶望的な状況に陥り、もう仕事をするのもばからしいと久々に食堂に向かうと、様々な視線が向けられた。好意よりも圧倒的に多い敵意のそれにため息をひとつ零し、役員専用スペースへ続く階段をのぼる。そこに彼らは、勢揃いしていた。
「あっ」
 皆が自分に気づかないふりをする中、ひとりだけ声を発したおとこ。その人物こそが、転入生だった。
 蛇足ではあるが、彼は転入当初変装らしきものをしており、もさもさの黒髪に瓶底眼鏡という笑えないスタイルだった。というか、彼方は書類で確認しただけなのでそちらの姿しか知らなかったのだ。だから、金髪に碧眼、天使のような見た目をしたおとこと転入生はすぐには結びつかなかったのだが、咎めるように名前を呼んだ副会長のおかげでそれがだれなのか察することができたというわけだ。
「なあ、あんた会長だろ? わりぃな、役員でもないのにここ、座っちまって」
 ずいぶんとおとこらしい喋りかただな、とおもいつつもそれを口にはせず、「いや、気にしてない」とだけ返した。以前ならば説教のひとつもかましたかもしれないが、そのときの彼方はすでに生徒会長という肩書きがどうでもよくなっていたのだ。
「こっちで一緒に食べねえ?」
「きもちだけ受けとっとく。ありがとな」
 愛想笑いを浮かべて誘いを断り、さっさと注文を済ませて飯が運ばれてくるのを待つ。その間にも、彼からの意識は絶え間なくこちらに注がれていた。
「そんなに会長が気になりますか?」
「えー……や、だって、あんなイケメン初めて見る……」
「……まあ、カイチョーがイケメンなのは認めるけどぉ」
「だめ、おれたちのことも、見て」
「そうだよそうだよー!」
「こっち見て、ね?」
 聞きたいわけでもないのだが否応なしに耳に入ってくる会話に、ああもうだめだな、とおもった。
 あしたにはリコールの書類が上に通され、すぐに通達がくるのではなかろうか。
 リコールにはFクラスを除いた全生徒のうちの三分の一以上の署名が必要だが、各親衛隊にでも集めさせていれば余裕で用意ができているはずだ。そして、翌日には解職投票がおこなわれる。現状で彼方がそれを逃れることはほぼ不可能であるため、リコールはおそらく簡単に成立するだろう。
 まさか、こんなところで人生を狂わされることになるとは。予想外も予想外だ。まあしかし、無事卒業したとしてもその後になにかまた障害があったかもしれないわけだしと、彼方はとくに抗うことなく流れに身を任せることにした。
――そうして、リコールされたというわけである。
 たかが学校の生徒会程度で、とおもわれるかもしれないが、そこでの功績は子から親に伝えられ、将来に影響することすらあるのだ。ただ当然、悪評がひろまることもある。一度被った汚名――たとえ、それが濡れ衣であったとしてもだ――を返上するのは難しい。よって、リコール後、彼方は親から勘当された。それでもここを卒業するまでの学費は払うと言ってくれたので、かなり譲歩してくれたほうだろう。無一文で放り出されても文句を言えないだけのことをした自覚が、自分にはあった。
 それから、Fクラスにおとされ今に至る。
 ことの顛末を脳内で再確認しつつ、夕飯のハンバーグのタネをこねながら彼方は人生ってほんとうにわからないものだな、としみじみした。
 生徒会にいたころより自由にのびのび生活できているのがまた、皮肉というかなんというか。
 料理もやってみれば案外楽しい――とおもえるのはおそらく、紅狼が食べてくれるからだろうが――し、卒業後も働き口さえ見つかれば人並みにいきていくことが可能そうだ、と分析している。世間知らずなところがあることは否定できないので、そこは外に出てからどうにかするしかない。
「美味しいハンバーグのつくりかた」というタイトルを掲げたレシピに従ってつくったタネをてきとうな大きさにわけ、丸め、真ん中をへこませてフライパンで焼いていく。
 なんでこんなことするんだ? と、首を傾げる工程もあるのだが、逆らうことはしない。それで失敗したらもとも子もなからだ。
 両面に焼き色をつけたあと、水を入れてふたをして中まで熱を通していく。じゅうじゅうという小気味いい音と肉のかおりが漂い、口の中に唾液がたまった。
 ソースは市販のものをかけるつもりだが、手抜きをしようとおもったわけではなく、純粋に彼方がそれが好きだから選んだのだ。紅狼は不満かもしれないが、ここはつくった側の権利を行使させてもらう。べつのソースがいいなら新しく買ってくるか自分でつくるかすればいい。
 ふたをあけていい感じに焼けたハンバーグを皿に移し、つけ合わせの野菜を乗せれば夕飯の完成だ。
「紅狼ー」
 名前を呼べばこちらにやってきて、彼はいそいそと食器を用意する。母親の手伝いをする子どものようで、若干微笑ましい。
 この部屋はキッチンで調理したものをすぐに食べることができるように壁がコの字にくりぬかれていて、手を伸ばせば皿をテーブルに乗せられるようになっている。ゆえに、食事の支度は楽だった。
「いいにおいだな」
「おれこのソースかけるけど、ほかのがいいなら自分でつくるか新しいの買ってこいよな」
 親指とひとさし指でつまんだボトルを示すように左右に振れば、彼は呆れたように小さく息を吐いた。
「そこまで神経質じゃねえよ。同じのでいい」
「そうか? ケチャップならあるけど……」
「ソースでいいって」
「おっけー、そんじゃ飯にしようぜ」
 向かい合って座り、「いただきます」と言ってからナイフとフォークを持つ。こいつもなんだかんだいいとこの坊っちゃんなんだなあ、という感想をいだくのは、今日が初めてではない。
 紅狼の食べかたは静かだし、きれいだ。きちんとしつけられてきたのだろうということがわかる。
 たいした料理でもないのに、彼が食べるだけでそれはまるで高級レストランのメニューのようにすら見えることがあった。最下層にいるのがあまりにも不可解なおとこだ。しかし、彼方にその理由を訊ねるつもりはない。気にならないといえば嘘になるが、話したければ紅狼から勝手に話すだろうし、語りたくないことをむりやり聞き出す趣味はないのだ。

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