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 Fクラス移動後、衝撃的な初日を迎えてから一週間。彼方は平和な毎日を送っていた。それもそのはずだ。なぜなら、紅狼の隣にいるよう、本人からじきじきに命令されたからだ。
 ぽっと出のやつがなんで、という視線はなくならなかったが、直接手を出されることはなかった。彼はいつ暴走してもおかしくない猛獣たちを、ごく自然に手懐けていた。
 部屋まで一緒となるとおはようからおやすみまで紅狼とともに過ごすことになるわけだが、それは予想よりもずっと楽だった。部屋にあるものはなんでも好きに使えと言われていたし、遠慮はいらないとも言われた。夜になると必ずといっていいほど抱かれることを除けば、不満はない。理不尽な暴力をふるわれることはなかったし、この数日で彼は案外ふつうの高校生なのだということがわかった。
 家主はともかく居候の自分がルームサービスを多様するのは申し訳ないからと始めた料理に興味が湧いたらしい紅狼は、彼方がつくった品々を毎度つまんでおり、朝食や夕食をたびたびせびってきた。そして今や、彼方は中身の同じ弁当をふたつつくるまでに至っている。
 料理のレパートリーはまだすくないし、残り物をつめることだって多い。なのに紅狼は文句ひとつ言わず、容器にはご飯粒一粒すら残すことなく弁当を平らげてくれる。そんなふうにされればわるい気はせず、現在は彼になんとか美味しいものを食べさせてやろうとおもい、レシピ本を読んだりサイトを見たりして日々知識を蓄えているわけだが。
「なあ紅狼、今日なんか食べたいもんある?」
「あー? 肉」
「アバウトすぎんだろ。じゃあ、ハンバーグでもつくるかー」
 夕方にはこんな会話が交わされることも増え、まるで友人のようなやりとりにFクラスの面々は戸惑いを隠せないようだった。
 彼方だって、初めは困惑したのだ。だが、考えるのがめんどうになった。紅狼本人はどうして自分によくしてくれるのか語ろうとはしなかったし、聞き出すことができないなら悩むだけむだだと割り切ったのだ。
 この学園ではやくから騒がれるようになり、親衛隊の発足も迅速だった彼方は友達と呼べる存在がおらず、正直なところこの生活には未だかつてないほどの充実感を得ていた。
 リコールされたのだから、居心地のわるい想いを多少はするだろうと覚悟していたのに、寮にすら戻らない、食堂にも顔を出さないとなればFクラス以外の生徒と顔を合わせる機会がなく、ゆえに憐れみや侮蔑の視線に曝されることがなかった。
 そもそも、なぜ彼方がリコールされる事態に陥ったのか。今さらではあるが、説明しておこう。


――この学園はそもそも山奥にあり、さらに全寮制、さらにさらにエスカレーター式の男子校ときている。初等部から大学部まで存在するのだが、幼いころからここにいるとどうしても同性を恋愛対象として見てしまうようになるのだ。としごろの男子が遊ぶような施設がある街までは、週末に出ているバスを利用しても二時間かかる。移動だけでも往復で四時間の消費が確定していて、長期休暇時以外の外泊は理由がなければ許可がおりない。こんな状況下に身をおけば、下半身に同じものがぶらさがっている野郎でも妥協してしまうのがおとこといういきものなのだ。だが、生粋の同性愛者というのが一握りなのも事実で。たとえ恋が成就したとしても、高校卒業と同時に関係を清算させる生徒が大半だった。
 彼方も、ゲイではないがおんなでなければだめだということもなく、好みの生徒に誘われれば一夜限りの関係を楽しむこともあった。しかし、突出した容姿――というのは学園の生徒談で、決して自身がくだした評価ではない――だけでなく家柄もなかなかに上位に位置していた彼方は生徒会入りを余儀なくされ、気軽に遊ぶことのできない立場に立たされることとなった。そして、高校の二年次に会長職へと就任し、つい最近までその務めを果たしていたわけなのだが。
 今から半年前、転入生がきた。外部受験は難易度が高く、滅多に合格者は出ないのだがその生徒は満点に近い点数をたたき出し、見事この学園の敷居を跨いだのだ。そんな彼の案内役に任命されたのが、副会長。いやいや重い腰をあげて迎えにいったはずの彼は、生徒会室に帰ってくるころにはいたく上機嫌になっていた。どうやら転入生のことを気に入ったらしい。
 副会長が気に入った子を見てみたい、と会計と双子の庶務が乗り出し、書記はつき添いでそれについていった。――そうして、気づけば生徒会役員は彼方を除いた全員が転入生に惚れ込み、その尻を追いかけるようになっていたのだ。
 役員になる面子というのはだいたい決まっていて、今回も顔馴染みばかりだった。だから、彼らの悩みもだいたいは把握していたし、それを払拭させてくれたらしい転入生に夢中になるのも理解できないわけではなかった。
 彼らは恋に溺れ、仕事を放棄した。それでも皆が戻ってくるまでのあいだくらいなら、自分だけでなんとかできるのではないかと彼方は全力を尽くした。
 早朝から明晩まで生徒会室にこもり、仕事をこなす。持ち帰っていい書類は部屋でやり、これが社畜というものか、なんてばかげたことを考えたのも一度や二度ではない。よく体を壊さなかったものだと自分でも感心するほどに、働きづめだった。だが、日常業務はそれでどうにかなってもイベント時はさすがにひとりでは回しきれなくなり、役員たちに声をかけた。そこがおそらく、分岐点だった。
 最低限の仕事ではあったが、それをこなしてもらえたおかげでなんとかなったわけだが、そろそろ限界が近かった。彼方は、どんな理由であれ生徒会長になったからには生徒たちに報いなければならないと常々おもっていた。もうリコールしかないと、準備を進め始めたのだ。それでも、最後に戻ってくる気はないのかと訊ねた。すると、彼らは言ったのだ。
「は? 戻るもなにも、ぼくらは今も生徒会役員なんだけど?」
 仕事もしないのにか、という台詞はぐっとこらえ、「そうか」とだけ告げて書類を用意した――そこまでは、よかった。しかし、彼らは腐っても生徒会役員だったのだ。彼方がリコールしようとしていることを察し、まず生徒たちを味方につけたらしい。
 会長は仕事をせずに遊び呆けているという嘘の噂を流した。食堂にいく時間すらも惜しかったので親衛隊に食事を運ばせていたのだが、それも生徒会室で淫らな行為に耽っているからだという認識をされる要因になってしまったようだった。
――そもそも、なぜこんな誤解を産むに至ったのかといえば、彼方の優秀さに原因があったのだ。
 本来、生徒会の業務は通常のもののみでもひとりでこなせる量ではない。それを、時間と体力を犠牲にしてなんとか回せる状態にしていた。できるはずのないことを彼方はやり遂げてしまったわけだ。

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