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「ぅ、ぁ、あ……っ」
くるしい。きもちいい。どうにかなりそうだ。
どうしてこんなことになっているのか微塵も理解できぬまま、彼方はおとこの下で喘いでいた。
根元を掴まれ射精をせきとめられているせいで、途方もない快感だけが体内に蓄積されていく。
おそらくこの苦行からの解放を約束する代わりに、なにか交換条件でも出されるのだろうと踏んでいた。
「おい」
「なん、っだよ」
「イかせてほしかったら、いやらしくねだってみろ」
その言葉を聞いた瞬間、群れを率いて偉ぶっている紅狼も年相応のただの高校生なのだとわかり、笑ってしまいそうになった。
「……好きにしろよ」
「あ?」
「おれはべつに、おまえにねだるほどしてほしいことなんて、ねえから」
予想外の返事だったのか、彼の目がぐっと見ひらかれた。いらついたり憤ったりするかとおもいきや、紅狼は口角をあげ笑みのかたちをつくると奥の深いところを突きあげてきた。
「あっ、ぐ……!」
突如襲いかかってきた痛みに呻くと、そのままくちびるを塞がれる。
結局、最後の最後に戒めがとかれたおかげで吐精することはかなったわけだが、長いあいだ抑制されていたおかげで達したあとも精子がとろとろと先端から溢れてきてどうしようもなかった。
はあはあ、荒くなった呼吸をととのえようと胸を上下させていると、ずるり、萎えたものをひき抜いた紅狼が周りにいたおとこたちに宣言した。
「こいつはおれのもんだ。おまえら、勝手に手ぇ出すんじゃねえぞ」
正直、驚いた。これから輪姦されるのだと覚悟していたので、なおさら。
絶対、おとこはそのつもりでいたはずなのだ。なにがひき金になったのかは不明だったが、今のセックスとも呼べない一方的な行為のさなか、彼は彼方におもうところができたらしかった。捉えようによっては、紅狼がFクラスの人間から自分を守ってくれたのだと解釈できなくもない。
「こい」
「……っ、」
獲物にぎらついた視線を向けながらも、だれひとりとしておとこに逆らおうとはしなかった。
腕をひかれて教室を出るも、無体を働かれたせいで脚がうまく動かなかった。もつれて転びそうになったところをひっぱりあげられ、頭上からちっと舌打ちがおとされる。
「わりぃ、脚ふらふらなんだわ」
へらりと笑えば眉をひそめ、もう一度舌打ちをして、紅狼は彼方の体を担ぎあげた。
「う、わっ」
「……おとなしくしてろよ」
米俵のように運ばれるところを寮内で目撃されるのはさすがに恥ずかしいなとおもっていたが、彼が向かっている方向に生徒寮はない。どこへいくつもりなのか。訊ねるのがなんとなく憚られた彼方は、口を噤んだまま静かに運搬されることを選択した。
そのまま幾許もしないうちに、とある建物に到着した。校舎からも寮からも完全に独立しているように見えるそこに、紅狼はずかずかと入り込んでいく。
勝手にいいのか? と内心で首を傾げる彼方の心配など露知らず、おとこは正面の扉にカードキーをかざしてロックを解除し、中に侵入した。
玄関らしきそこでおろされ、ようやく悟った。――ここが、紅狼の部屋なのだと。
彼を隔離するための措置なのか、単に優遇されているのか。どちらかはわからなかったが、会長であった自分よりも明らかに待遇がよかった。役員フロアの一室だってそうとうなものだが、ここはもう家だ。この敷地内で、豪奢な一軒家が紅狼には与えられているのだ。
「おら」
「ん?」
弧を描いてこちらに放られたそれを両手でキャッチすると、カードキーのようだった。
「それやるから、今日からここに住め」
「え」
カードと紅狼の顔を交互にまじまじ見つめていると、おとこが靴を脱いで奥へと進み始めたので彼方は慌ててそのあとをついていく。
リビング、キッチン、トイレ、バスルーム、ベッドルームと順に案内され、戸惑いつつも場所を脳にインプットしていった。
「……なあ」
「なんだ」
「飯はどうしてるんだ?」
素朴な疑問がつい口を突いて出たが、紅狼はふつうにそれに答えてくれた。
「頼めば運ばれてくる」
「まじかよ……」
至れり尽くせりすぎてもうわけがわからない。
最下層にいる人物がこの学園のだれよりも優雅な生活を送っていることにびしばしと違和感を覚えたが、理由を訊ねることはしなかった。彼が何者であっても、彼方は態度を改めるつもりはないのだ。
「まあ、じゃあ、これからよろしく?」
流されるがまま始まろうとしている紅狼との同居生活を受け入れてしまおうとした直後、衝撃を見事に吸収し、音ひとつたてないベッドに押し倒され、ふたたび体を暴かれた。しかしそれは、先ほどのような屈服させることを目的としたものではなく、彼方にも快楽がじゅうぶんすぎるほど与えられた立派な性行為であった。
「ぁ、ぁ、っン、とう、じょ」
「紅狼でいい」
「ふ、ぅ、くろ……っ」
促された通り、名前を呼べばおとこは満足げに微笑んで腰を打ちつける。
全身が燃えるように熱かった。中からとかされてどろどろになっていく感覚は、彼方に恐怖すらいだかせる。
「っぁ、いく、いく……ッ!」
またなにか求められるかとおもったが、紅狼は焦らすことなくペニスを扱いて絶頂へと導いてくれた。
首筋にがぶりと噛みつかれた瞬間、精を飛ばす。その後の生理的なしめつけによりおとこも限界を迎え、蕾に白濁が放たれた。
後ろは初めてだったはずなのに、後ろでまともな快感をひろえるようになったのは、確実に紅狼の手腕による結果だった。
「は、ぁ、あ……」
灰色の髪が肌をくすぐる。名前通り、狼のようなおとこだとおもった。
なんとなくその毛並みを確認したくなり指をさし込めば、若干汗で湿っているものの、さわり心地は極上だった。
紅い目と自分の黒い目が絡み合って、紅狼の顔が近づいてきたことを理解しながらも、彼方は重たい瞼をあげておくことができなくなり、視界が闇にとざされた。
最後にやさしくキスをされたような記憶が朧げに残っていたが、それが現実だったのかどうか、判断はできない。真実は、紅い狼のみぞ知る。