天使なんかじゃない | ナノ


 横から視線を感じつつも、味のわからなくなってしまったサラダをもさもさと食していると、ふたたび声をかけられた。
「それしか食べないのか?」
「はあ、まあ。あんまり、お腹すかないんですよ」
「そうなのか」
 驚く焔は和食の定食を頼んでいたらしく、ウェイターがやってきてそれを彼の前におく。
 いただきます、と口にしてきれいな箸使いでご飯を食べるおとこを見ていれば、その育ちのよさがよくわかる。自分とは住む世界の違うひとだ。
「……会長」
「うん?」
「理事長からなにを言われたかわかりませんが……、おれのことは気にしないでください。まあ、うまくやりますので」
 わずかに表情を変えた焔は、「きょとん」とでも言い表せばいいだろうか、そんな不思議そうな顔をしていた。
「べつに、なにも言われてない」
「え、」
「おまえに興味がある。だから話しかけた、それだけだ」
 しん、と食堂が静まった。あれだけうるさかった空間が一瞬で静寂に包まれ、天音は頭を抱えたくなった。
 このひとは自分の影響力というものを理解してないのか?
 同性愛があたりまえのようにひろまっているここで、見目のいい者が人気になるのは当然の流れであるし、焔は実際ひどく容姿がととのっている。実力があることも一目見て窺えたし、だから彼が生徒会長なのだろうなという予想まではできた天音であったが、これだけの敵意を向けられればいやでも気がつく。
 焔には――、生徒会役員には、気安く話しかけてはいけないという、決まりかなにかがあるのだと。
 話しかけてきたのはあちらからだが、そんな弁明をしても納得してくれなさそうだ。
「……ごちそうさまでした。では、おれはお先に失礼します」
 皿の上のものを完食したので、それを理由に席を立とうとするも、「おれが食べ終わるまで話し相手になってくれないか」と声をかけられ、頭が痛くなる。
 実は、生徒会役員は食堂にくるたびにちょっとした騒ぎになるため基本的に二階の無駄にひろいスペースで食事をとることになっているのだが、この日は天音と話すために焔がわざわざ一般スペースに腰をおろしたのだ。しかし、そんなことは知る由もない天音は焔をおいていこうとした。きつい視線が増えたが、こうなってしまえばもうひらきなおるしかなかった。
 もといた椅子にふたたび座り、たわいない質問に回答しているうちに、和食定食はすべて焔の胃の中におさまった。
「楽しい時間をありがとう、神条」
「……いえ。では、今度こそほんとうに失礼します」
 あいつ、何者なんだ。
 食堂を出る間際にそんな呟きが聞こえた気がしたが、その疑問に答えられる者は、その空間には存在しなかった。


 ****


 寮を出て校舎に向かい、ただっ広い城のような入り口から中に入れば壁にでかでか地図と各階の案内が書かれていた。それを見て職員室の位置を確認すると、天音は歩き出す。
 やはり、ここでも視線が痛い。
 こんなの必要か? とおもってしまうような白くて幅のひろい階段が正面にあり、しかもそれが踊り場で左右にわかれている。
 職員室があるのは二階だ。エレベーターを使うまでもない。よって、階段を使うことにした天音はまっすぐ歩き出した。
 とくべつ急ぐこともなくそれをのぼりきり、軽く視線を巡らせれば階段をとり囲むようにして円状に設置された手すりと呼ぶにはすこし背の高いそれと廊下を挟んだところに部屋が均一の間隔で並んでおり、その中で「職員室」と書かれたプレートがさがっている扉に向かい、ノックをしたのちノブを捻る。
「失礼します」
 声を発せばいくつかの視線がこちらに向けられ、いちばん近くにいた眼鏡をかけた男性が「もしかして、」と天音の存在を察してくれた。
「編入性の神条天音くんかな?」
「はい」
「よかった。ええと、きみのクラスの担任はあの、奥にいる黄色い頭のひとだよ」
 金髪ではないのか、と訝しんだのは一瞬。彼の説明は正しかった。それは、金髪というには抵抗を覚える、まっ黄色の髪だった。
 近づきたくないきもちをなんとか抑え、ひよこ頭の後ろに立って「すみません……」と控えめに言えば、ぐりんと振り向くおとこ。
「んん? だれだおまえ……、あっ、編入生か?」
「はい。神条天音です」
「おれは一年Sクラス担任の柴谷昂輝(しばたにこうき)。理事長からじきじきに頼まれてっからな、なんかあったらすぐ相談しろよ」
 ほんとうに、あのひとは……。
 頭を抱えたくなる。
 焔にはなにも言っていないようだったので、油断した。
 妙な気を遣われるくらいなら放っておいてほしいのだが、彼はどうも天音に夢をいだいているきらいがある。自分は聖人君子でもなんでもないのだと、何度説明してもわかってもらえないのが歯痒かった。
「よし、じゃあ教室いくか」
「……はい」
 立ちあがり、職員室を出るおとこに天音はおとなしくついていく。
 すぐそばにあったエレベーターの前でカードキーをスライドして中に乗り込み、三階のボタンを押した昂輝に階段でよかったんじゃ……とおもいつつ上へと移動した。
「Sクラスはな、金持ちで魔力も高い、プライドの塊みたいなやつらが揃ってる。居心地はあまりよくないかもしれないが、いいやつもいることにはいるからなんとかうまくやってくれ。おれもできる限りのサポートはする」
「はあ」
 気のない返事をすれば、その短い会話をしているあいだに教室についた。
「席つけー」
 と言いながら扉をひらいた昂輝を見るや否や、生徒たちは慌てて席へつく。そんな中、ざわめきだけは静まらなかった。
「すっごい美形……」
「ねえ、あいつ朝食堂で会長と話してたやつじゃ……?」
「えっ、うそ、あれが噂の?」
 今日の朝のことが、すでに広まり始めているらしい。そのことにうんざりしながら心の中でおおきなため息を吐き出していると、「静かに!」と横にいるおとこが手を打った。すると、一気に室内が静まり返る。
「あー、知ってるやつもいるみたいだが、こいつは編入性の神条天音だ。とある事情で学校というものに通っていなかったため、わかっていないことも多い。皆、親切にしてやってくれ。あと、理事長のお気に入りだから変なことするなよ。消されるぞ」
 昂輝の説明に訂正したい部分はあったが、まあだいたい合っているので面倒になった天音はそのまま「神条天音です。よろしくお願いします」と頭をさげた。
「席はどの授業も基本自由なんだが……、そうだな、神条はとりあえず関の隣に座れ」
「えっ、」
「関ー、手ぇあげろ」
 関と呼ばれた生徒は戸惑いながらもおずおずと挙手をする。きっと、彼が昂輝のいう「いいやつ」のひとりなのだろう。しかし、かなり顔がととのっているあたり人気も絶大らしく、嫉妬の視線を容赦なくぶつけられ、ただでさえよくない気分がさらに下降した。
「今手をあげてるのが関だ。神条はしばらくあいつにこの学園のことを教えてもらうといい」
「……わかりました」
 現状をわかっていても昂輝は指示を改めるつもりはないらしく、これが天音が学園生活を始めるにあたって最善の道なのだということが窺えた。



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