天使なんかじゃない | ナノ



 校内は広すぎて案内しきれないから、これから徐々に覚えていってくれと言われた天音が連れてこられたのは、寮だった。
 入口のフロントらしき場所にはだれもおらず、焔がベルを鳴らせばドアをあけて寮監なのだろうボサボサの長い黒髪の、しかし顔はやはりひどくととのっている人物がひょっこりと顔を覗かせた。
「編入生をつれてきた。カードキーの受け渡しとここの説明を頼む」
「遅かったからもうこないのかとおもったよ。ぼくは白木稔(しらきみのる)。きみは神条天音くんで合ってるかな?」
 そう名乗った人物に「はい、神条天音です。よろしくお願いします」と挨拶すれば彼はうれしそうに笑い、金色に輝くカードを手渡してくれた。
「ここはね、一階が食堂やスーパー、娯楽スペースなんかがある全生徒共通のフロアで、二階から上が寮になってるんだ。ちなみに教師寮はまたべつにある。パンフレットに書いてあるから今むりに覚えようとはしなくてもいいけど、とりあえず一通り話させてもらうね」
 白木はそう言って寮の説明を開始した。
 ――魔法には、属性がある。土、雷、水、炎、風、そして、光と闇。それぞれ得意な分野が違い、基本的に属性はひとりにつきひとつということが多いため、この寮もそれにならって部屋割りがおこなわれている。
 二階が土、三階が雷、四階が水、五階が炎、六階が風、七階が光と闇、八階が複数の属性持ち、九階が生徒会役員の部屋があるフロアだ。二階の土から六階の風までは、下の属性は上にある属性に強く、六階の風は二階の土に強いという、仕組みを理解していればこれほど単純明快なつくりはない構造になっている。
 光と闇はそれぞれに強く、それぞれに弱い。このふたつの属性を持っている者は圧倒的に少ない。そのため、この階からひとり部屋になる。六階以下は基本ふたり部屋だ。
 また、複数の属性を持った者はめずらしく、重宝されるので優遇されている。そして、生徒会役員フロアは言わずもがな、生徒会の役員の部屋しか存在しない階だ。
 そんな中、天音はどこに入るのかというと――。
「天音くんは、特例で生徒会フロアにひとり部屋を設けてあるから、そこで生活してね。あと、部屋はオートロック式だからカードは肌身離さず持ち歩くように」
 複数属性持ちの階かとおもいきや、まさかの生徒会フロア。これはさすがに贔屓が度を過ぎているのではないかとうんざりとすらし始めていたのだが、すでに用意されている部屋に入ることを拒否してほかの階の部屋に入るのも憚られた。
「……わかりました」
 渋々了承すれば、話は終わったな、と言わんばかりに焔が歩き出す。
 エレベーターがある場所を通り過ぎてしまったおとこにどこにいくのかと訊ねようとすれば、「先に一階を案内しておく」と告げられた。
「ここが食堂だ。だいたいの生徒がここを利用している」
 エントランスからさほど遠くないところに食堂はあり、白を基調とした内装はまるでお洒落なカフェのようだった。
「タッチパネルでメニューを選び、カードをかざせば注文ができる。あとは席に座ってれば頼んだものが運ばれてくる」
「はあ……」
 贅沢だな、とおもったが言葉にはしない。天音がここで文句を言っても、なにも変わらないからだ。
「ここを利用しない生徒はあそこのスーパーで弁当やおにぎり、パンなんかを買って教室や外で食べている。弁当をつくるやつも、少数だがいるな」
 自分は食堂のお世話になるだろうな、と考えながらふんふん頷く。
「あとはトレーニングルームやゲームセンターを模した部屋とか、魔法訓練室やらいろいろある。そこらへんは友人ができたら一緒にいってみるといい」
 友人。そんなもの、つくる気もないし、自分とそんな奇特な関係になってくれる人物がいるともおもえない。
 沈んだ表情でもしていたのだろうか、「おまえならだいじょうぶだ」と焔に頭をぽんぽんと撫でられる。すると、信じがたいものを見つめるような顔で優が固まった。そんな彼を気にもとめず、焔が進むので天音はその背中を追うしかなかった。優もはっと正気をとり戻し、小走りですぐにふたりに追いついた。
 エレベーターに乗って部屋へと向かう。ここでも生徒会役員がいる階にいくにはカードキーが必要らしく、めんどうだと感じないこともなかったが、そうでもしないといろいろとまずいのだろうということは、天音にもなんとなくわかった。
「部屋についたらまずカードキーがちゃんと使えるか確認しろ。カードキーの色に関する説明もパンフレットに載ってるから、時間があるときに確認しておくといい。案内が終わったら今日はゆっくり休め。あしたから授業が始まるが、なにか困ったことがあればいつでもおれたちや教師に言ってくれ。できるだけの対処をさせてもらう」
「ありがとうございます」
 九〇〇号室の前でとまり、「ここだ」と示された扉の前に立ち、ふたりに見守られながら右にあるカードリーダーに金色のそれをかざし、ロックをあける。
 カチッと音が鳴ったのを確認し、ノブを回せば重厚そうな見た目に反してさほど重くないドアがゆっくりとひらいた。
「では、おれたちはこれで失礼する」
「……よい学園生活を」
 焔と優、それぞれにそう言葉をかけられ、もう一度お礼を口にして頭をさげ、中へと入った。
 天音自身の私物はほとんどなかったが、理事長がいらぬ気をきかせたのか、室内はシンプルながらも高級そうな家具で飾られており、何気なくあけたクローゼットの中には様々な系統の衣服がぎっしりとつめ込まれていた。
 むだ使いは好きではない。よろこぶどころか不快にすらおもい、贈り物は最低限にしてくれとあとで注意しておこうと天音は決意した。
 天蓋つきのベッドがあったらどうしようなどと不安になりつつ寝室を覗けば、そこにはサイズは大きすぎるがそれでもふつうの寝具があり、ほっとした。
 ふかふかの布団に倒れ込むと、音もなく衝撃を吸収して深く沈み込んだそれに感心しながらそっと瞼を伏せる。
 まさか、自分が学校というものに入ることになるなんて、想像もしていなかった。このまま「あの」ときがくるまで毎日が過ぎ去るのを待つだけの人生になるとおもっていたのに。それで満足だったのに。定期的に様子を確認にくるおとこに、彼が「私の学園に通わせてみないか」なんて言わなければ、こんなことにはならなかった。
 保険がほしかったのだろうか。そんなことしなくても、裏切ったりしない。自分は、できもしないことをするようなばかではない。
 明日から馴れない環境に身を投じることになったことへの不満を心の内で呟いているうちに、眠気に襲われた天音はそのまま夢の世界へと意識を委ねた。
 ――太陽のようなあたたかい焔のぬくもりを、頭の片隅におもい浮かべながら。



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