天使なんかじゃない | ナノ


「人間から属性を奪うことがいかに簡単なことか、精霊たちは理解している。その、精霊たちを治める王なら、なおさらな。だから、わたしは今から『人間が禁術と指定した魔法を使用した者から、属性を剥奪してくれ』と、精霊王と人間とのあいだに永続的な制約を願う。神に愛されたわたしの願いを、彼らは拒絶できないだろう」
 ざわめきが大きくなる。どこの国も、混乱と動揺で満ちていた。知らんぷりするつもりだった国々も、慌ててモニターを接続し始めている。
「戦争がしたければ勝手にすればいい。わたしはその行為を咎めはしない。だが、そこに至るまでの過程により、戦争を実行に移す組織が、戦争とは関係ない一般の魔法使いに被害を出したために、わたしが動かざるを得なくなったことについては、恥じろ。そして、この事態をひき起こした人間の愚かさを恨め」
 そこまで告げると、円形になっている机の椅子に座っていた者たちに「立て」と命令する。突如立たされた彼らはわけがわからない、という表情をしていたが、逆らうことはなかった。
「メルクル、ゼオン、アリーシャ、フレイア、フィーツ、セイオス。三柱の皆さま、おれの声が聞こえていたらどうか姿を現してください。……それと、ルシファー。ヴェドニーダをつれてきてくれ」
 ルシファー。あまりに有名な堕天使だが、彼と天音は神ぎらいという共通点があるために親しかった。激怒でもしない限りは無害だし、元天使というだけあってルシファーの沸点は決して低くない。ただ、彼の中には譲れない道が存在していて、それを侵そうとする者には容赦がないというだけの話なのだ。
『ええ? わざわざおれがいかなくても勝手にくるだろ』
 天音の頼みに渋った顔を見せるも、断られることはないと確信している。いくら友人のような気軽い関係であっても、一応は主人と召喚獣という間柄なのだ。意見をすることはあっても命令に背くということは絶対にあり得ない。
「おれは闇属性を持っていないんだ。直接干渉できないからって、ただ厚意にあまえて待ってるだけなんて失礼だろ」
『はー、まあそういう律儀なところがあの頑固オヤジに気に入られる秘訣なのかもしんねーけどさ! わかったよ。呼んでくる』
 ルシファーが天音からの依頼を達成するためにするん、と闇に吸い込まれるように消えた数秒後、場の空気がずしりと重くなる。
「……な、なんか、息ぐるしくありませんか」
「わたし、ちょっと気分が……」
 室内にいたひとびとがぽつりぽつりと不調を訴え出したところで、天音はそれを微塵も気にせず「平伏せよ」と皆に命じて静かに床に膝をつき、頭をさげた。
 だれもいない、ぽっかりとあいた空間。そこにひれ伏す自身とそれにいちはやく倣った剛毅に戸惑いながらも、その場にいた人間たちが次々と床に頭をつけていく。
「――なにをしている。画面の向こうにいる貴様らも、平伏するのだ。……自らしなくても、どうせ同じ格好をとらされることになる」
 そんなことするものか、と最後まで足掻いていた者はとうぜんいた。しかし、「なっ、なんだ!? 体が、勝手に……!」とモニターの向こうから驚愕の声があがったために、ひとならざる力が働いたことを察する。
『もうよいぞ、アマネ。人間の頭なんぞを長らく見せられても、我らは楽しくもなんともないのでな』
「……は、ありがたきしあわせ」
 す、と天音が顔をあげると周りの者たちもおそるおそる視線を下から上へとずらした。そして、なにもないはずの椅子に底知れぬ強大な力が押しとどめられるように存在している「それ」に気づいた者たちが息を呑む音が、連鎖するかのように次々と弾けては消えていった。
『アマネ、きみってほんとにおもしろいことしてくれるよね。外交代表になっておいてよかったー!』
『柱が集うなど……何年ぶりだ? 千年は経っていないか?』
『顔ぶれもそれなりに変わりましたね』
『我らも老いには勝てんということだ』
『なあ、せっかく柱の代表が揃ってるんだしほかのやつらにも姿が見えるようにしてやらねえか? そうすれば、アマネにも箔がつくだろう』
 久々に「こちら」へやってくることがゆるされたからか、彼らはなかなかに上機嫌のようだった。楽しそうに――という表現があてはまるのかは疑問だが――会話をしている。
「おれへの気遣いは不要ですよ、ゼオン」
『だがなあ、ここにいる人間たちが見えないものを信じるとは到底考えられん』
 その言葉には、反論の余地がない。天音自身、そうおもったからさっさと儀式を終わらせて、ただ結果のみを伝えるつもりだったのだ。
「……その件に関しては、皆さまにお任せします」
 丸投げすれば、六人はこそこそと相談を始めた。――と、次の瞬間、あいていた椅子にどかりと座ったおとこがいた。突然、扉もあけずにその場に現れた厳格で神経質そうな雰囲気の黒衣をまとった老人に天音以外の人間はなにが起こっているのか、と混乱している。
『ヴェドニーダ!』
『遅れてきておいて、貴様』
『やかましい。どうせ最終的にはこうするつもりだったんだろう。おまえらもはやく人型をとれ』
『命令すんな』
 言い合ってはいるものの、姿を見せることで意見は一致したようだ。まるで時間が飛んだかのように、まばたきをしているあいだに七人の老若男女が出現した。
「やあやあ。お初にお目にかかる。わたしはきみたちが『土』と呼んでいる属性を司る三柱が一柱、メルクルだ。よろしく」
 腰まで伸びた茶色の髪に、おとこかおんなかわからないうつくしい容貌をした年齢不詳のもの。
「おれは『雷』を司る三柱が一柱、ゼオン。メルクルとは違ってアマネ以外の人間とよろしくするつもりはねえからな。そこんとこ勘違いすんなよ」
 柔らかそうな金色の髪をした、おとぎ話に出てくる王子さまのような風貌をした若いおとこ。
「我は『水』を司る三柱が一柱、アリーシャ。我らに対する口のききかたにはさじゅうぶん気をつけよ、雑種ども。アマネはとくべつだということをゆめゆめ忘れるな」
 青い髪を肩の上できれいにまっすぐ切り揃え、白の着物を着た少女。
「おれは『炎』を司る三柱が一柱、フレイア。……貴様らと馴れ合う気はない」
 赤く燃え盛っているかのような髪を後ろに撫でつけ、深紅の鎧を身につけた青年。
「わたしは『風』を司る三柱が一柱、フィーツ。以後お見知りおきを」
 尻の下まであるウェーブがかかった長い緑の髪を三つ編みにし、常に穏やかな微笑みを湛えているうつくしい女性。
「アタシは『光』を司る三柱が一柱、セイオス! 子どもみたいな見た目してるけど、これでもあんたらの十倍は歳とってるんだ。きちんと敬ってよね!」
 白金の髪を右と左、それぞれリボンで結んで跳ねさせている幼女。
「……我は『闇』を司る三柱が一柱、ヴェドニーダ。各領域の代表が揃ったことを確認した。アマネ、いつでもいいぞ」
 そして、闇を象徴するかのような老いた男性。



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