天使なんかじゃない | ナノ


「どうぞお入りください」
 案内された部屋はひろさはあるものの、内装はそこまで華美ではない。むだな部分に金をかけていないことに関しては評価できるが、それもこれからのやりとり次第では地におちる。
 剛毅とは片手で数えられる程度にしか顔を合わせたことがないのだが、その評判はいやでも耳に入ってきた。魔法軍のトップに立つだけあって、その実力はだれもが認めるものだった。他国からの侵略を防衛する際、要となり、最後には砦となる人物だ。そこに、名前だけのお飾りを据えることがどんなに危険でばかげたことか、この国はまだ理解できているらしい。
「よろしければお召しあがりください」
 彼の側仕えのおとこが茶を出してきたので、「おかまいなく」と天音は目も合わせずにそう告げ、はやく話せと視線で剛毅を催促した。
「まあ、総司令官なんて大それた肩書きをいただいている身ですが、わたしも国家の狗であることに変わりはないのですよ」
 苦笑を零すおとこに、おもわず一旦口をとじた。
「……信じられない。今の首相はそんな、ふざけた人間なんですか」
――前言撤回だ。この国の頭はそうとうな愚者らしい。
 禁術の復活に際して剛毅が主導しているとはすこしも考えていなかったが、まさか国からの命令だったとは。魔法界はいつ割れてもおかしくない氷の上に存在しているかのような、儚い世界だという認識ができていないのか。
 日本が動いているとなれば、他国も同じことをしているに違いない。
 より強力な兵器をつくり、戦に投入する。それが戦争というものだ。しかし、魔法界において最強の兵器は魔法使いそのものとなる。こちらの世界の国力というのは、いかに優れた魔法使いを保有しているかで決まる。それを無力化しようという考えは、確かに真っ先に浮かぶものだろう。
――それでも今回のことは、踏み入れてはいけない領域くらいはわかっていてほしいものだと天音が嘆いてもしかたのない案件だった。
「わたしは、予てより考えておりました。『代わりの務まらない者』が根本を浄化しない限り、権力者の悪行は永遠に繰り返されるのではないかと」
「…………」
 話の先が見え、天音は苦虫を噛み潰したような表情をした。
「あなたは理想的な存在だ。神に愛されし、唯一無二の子。責務をまっとうされたのち、もしよろしければ軍に所属し、わたしを従え国をあるべき方向へ導いてはいただけませんか」
 あまりにふざけた内容に失笑しかけたが、剛毅の真面目な顔にそんなきもちは一瞬にして吹き飛ぶ。
「おまえは圧倒的な力をもって、なにを成したい? 単に国を防衛できれば満足か? それとも、侵略を望むか?」
「天音さま、わたしは、」
「人間は変わらない。もう、何千年もこうしていきてきた。今さら、おれが手を貸したところで世界が改まるのは『神に愛されし子』がいきているあいだだけだ。一時の夢を見せるくらいなら、おれは初めから期待なんて与えない。おまえたちは楽園を失って絶望するより、楽園を知らずに最期までいきるほうが、ずっとしあわせだろう」
 楽園のくだりには私情が入ったため、余計だったな、とおもった。だが、剛毅は反論してこなかった。
「……さしでがましいことを申しました。ですが、今回の件に関してはあなたさまのお力がどうしても必要です。ここまで飛んでいらっしゃったのだ。そちらについては、ご助力いただけると解釈してよろしいのですよね?」
「……はい。各国への通信装置を起動してください。重要度は最大、聞いていなかったでは済ませられないことを、これから起こしますので」
「人間は欲深い。完全に封じてしまわない限り、禁術に手を出すひとや国は堪えなかったでしょう。その未来が断絶されるだけでも、今日は祝杯を挙げるべき日と化します。天音さまの英断に、一魔法使いとして心より感謝を申しあげます」
 頭をさげられたが、わざわざあげさせるようなことはしない。
「これを飲み終えたら向かいます。それまでに、準備を」
「かしこまりました。……廣瀬(ひろせ)。話は聞いていたな。すぐに通信装置を起動させろ」
「はっ」
 廣瀬と呼ばれたおとこは命令されるとすぐに動き出し、天音に一礼したのち部屋を出ていった。
 彼が淹れてくれたお茶はすでにぬるくなっていたが、気にせずゆっくりとそれを喉に流し込んでいく。
 たっぷり、五分ほどかけて中身をからにすると、「では、いきましょうか」と声をかけた。
「こちらです」
 ここにきた際と同様に剛毅に案内され、会議室と書かれたプレートが掲げられている扉をひらき、中へと入った。
 機械には弱くもないが専門家と専門用語で話ができるほど強いわけでもないため、装置がどのような役割を果たして他国にこれから自分が話す内容が伝わるのかは、正直よくわからなかった。けれど、ここでてきとうなことをすれば窮地に追い込まれるのはここにいる人間たちだ。抜かりない準備をしてくれているはずだ。
「お話ししたいことがありましたら、こちらのスイッチを入れてマイクに向かって声を発してください。また、こちらの様子があちらに見えるように、あちらの様子もこちらのモニターに映ります。黒くなっている部分が、応答のなかった国です。分割数が多いので細部までは確認できないとおもいますが、今回は『魔法界』にその国名を連ねている百八ヶ国に呼びかけをいたしました」
「どうも。では、時計の長針が十二をさしたら、始めさせてもらいますね」
 腕に時計をつけている者はそちらを、ない者は壁にかけられたそれを見つめ、「そのとき」が訪れるまで静寂を保っていた。
 チッ、チッ、チッ、と針が動く音だけが響く重くるしい空気で満たされた室内に、その瞬間はあっさりとやってきた。
「――聞こえるか。魔法界、各国の代表たち。わたしは『神に愛されし子』である。この場を設けたのは、本日、決して看過することのできない事件が起きたためだ」
 ここと同じような会議室が映っているモニターもあれば、ただひとり、代表者のみがいる室内を映すモニターもあった。とくに、前者は天音の言葉に顕著に反応し、周りと相談するようなしぐさをしていた。
「とある禁術が、国の手によって蘇り、その力があろうことか軍に所属しているわけでもない、一般の魔法使い見習いに行使されたのだ。わたしはこの件を重く受けとめ、禁術の完全排除の施行を決断した」
 そんなことができるわけがない、と嘲笑する気配が画面の向こうから読みとれたが、確かに言いかたがわるかったと首を振る。
「すまない。排除とはすこし異なるな。正しくは――それぞれの精霊界を治める者たちに、直接頼むというだけの話なのだが」
 なにを言っているんだ、という雰囲気を四方から感じるが、こればかりは口で説明しても信じることは難しいだろう。彼らはただ、「禁術が使えなくなる」という事実だけを押しつけられることになるのだ。



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