天使なんかじゃない | ナノ




 キーンコーンカーンコーン……
 運命のチャイムが鳴った。部屋からターゲットが出てきた瞬間、天音は行動を起こす。
「――バアル。空間を隔離してくれ」
『お安い御用だ』
 地の底を這うような低い男性の声が響いた刹那、三人は闇の世界に閉じ込められた。
「なっ、なんだ!?」
「かっ、神条!?」
「大丈夫。おれはここにいる」
 不安げにしている響の手を安心させるように握ってやると、彼はあからさまに安堵した。そして、なにが起きたのか理解できずにいるおとこに、天音は詰問する。
「糀谷鈩だな? おまえ、他人から属性を奪う能力をどこで得た。うそをつけばおまえからも属性を奪い、エデンにぶちこんでやる」
 召喚獣というのは契約さえしていればいつでも呼び出せるものだが、そもそも自分の身の丈に合った召喚獣としか契約できないのだ。バアルというだれもが名を聞いたことのあるであろう最高位の悪魔を呼び出したことにより実力差を察したのか、鈩は怯えて後ずさりながら命乞いをするように白状した。
「ひいっ! まっ、待ってくれ、おっ、おれはただ、試作品をわけてもらっただけで……!」
 試作品、という単語にいやな予感が最大まで膨れあがる。
「詳しく話せ」
「ちっ、父が、軍の研究施設で働いていて……、」
 そこまで話されれば、すべて聞かずとも事の全貌が理解できた。
「……おまえは、その試作品がどういうものか知らなかったのか」
「それ、は」
 言い淀んだ瞬間、おとこの処遇が決定した。
「詳しい話は軍のやつに直接聞くから、もういい」
 ほっと息をつく鈩はこのまま見逃してもらえるとおもっているようだが、そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ない。
「バアル。明石の属性が戻ってくるまで、そいつを牢の中に入れておいて」
『戻ってこなかった場合は?』
「そのときは……、おまえの餌にでもしたらいい」
『承知』
「ひぃいっ! ゆる、ゆるしてくれ……! なんでもするから! 命だけは……!」
 天音の言葉にかかか、と笑った悪魔は喚く鈩を闇の沼にひきずり込むと、退散を命じられる前に姿を消した。
――次の瞬間、今までのことがまるで夢の出来事であったかのように、廊下にはぽつんとふたりだけが残されていた。
「か、神条、今の……」
「ほんとに食わせたりはしない。すこしお灸を据えてやるだけだ」
 バアルが入れる牢は外敵から襲われることはないだろうし、身の安全は保証されているはずだ。ただ、鈩の世話をするものも興味本位で見物にくるものも、悪魔ばかりであるから、そこで神経をすり減らすことは避けられないかもしれないが、それに関しては自業自得だということにしておく。
「明石、今から部屋に送るけど、おれが戻るまでだれも部屋に入れず、ひとりでじっとして待っていられるか?」
「子どもじゃないんだから、それくらいできるよ。……えと、神条、軍にいくのか?」
「ああ。知り合いがいるから、どういう経緯でこうなったのか、確認してくる」
「そう……。あの、気をつけてな」
 聞きたいことがたくさんあるのだろうが、それらの言葉を呑み込んで送り出そうとしてくれている響は、聡明なおとこだった。
「ああ。すぐに属性は戻してみせるから、安心してくれ」
「うん。ありがとう」
「ガブリエル、明石を必ず無事に部屋へ送り届けろ」
『御意』
 自分を常に見守っている天使を呼び出し命令すれば、それは逆らうことなく彼を翼で包み移動を開始する。
 彼らの姿が見えなくなったところで携帯をとり出し、電話をかけた。
「はい、こちら日本魔法軍受付でございます。本日はどのようなご用件でしょうか」
「総司令官はいますか」
「え……と、恐れ入りますが、お約束はございますでしょうか?」
「いえ。でも、『神に愛されし子』が今からそっちに向かうと伝えてもらえば問題ないとおもいます」
「え、あの、」
 戸惑う受付の者にかまうことなく通話を切り、外へ向かう。聖一に許可を求めるべきか一瞬迷ったが、どうせ「いいですよ」としか言われないということがわかっていたので、このまま飛び出すことにした。


 表向き、この国はどことも戦争をしていないように見えるが、それはまさに「表面上」のことで、魔法界では常に国どうしの争いがそこかしこで繰りひろげられているのだ。そのせいもあって、軍は手段を選ばない。今回の一件も、それに付随したものだったのだろう。――それにしたって、やっていいこととわるいことがあるわけだが。
 秩序を破る行為をゆるすわけにはいかないし、ほかにも秘密裏に禁術へと手を伸ばしている国があるのかもしれないという危惧を抱かずにはいられない。天音が重い腰をあげる理由にはじゅうぶんすぎるものだった。
 目的地はそこそこ遠いため自分で飛んでいくのはめんどうだったが、結局それが一番はやくてめんどうがないと結論づけ、天音は空を飛んでいた。
 軍の基地は海の上にある。幻術と結界が幾重にもはり巡らされたそれは蟻一匹も通すことのない強固なものであったが、自分にとっては関係ない。
 侵入した途端、警報が鳴り響く――かとおもいきや、目あての人物は外に出て天音を待っていたため、大事にはならなかった。
「お待ちしておりました、神条天音さま」
「……出迎えどうも。それで? 聞かせてもらえるんですよね? あんな愚行に至った理由を」
 これは手厳しい、と苦笑するのはこの国の魔法軍の最高責任者、吾妻剛毅(あがつまごうき)。白髪混じりで年齢を感じさせる見た目ではあるが、軍服の下に隠れている体にはうらやましくなるほどの筋肉がついていることを、自分は知っている。
「その話はわたしの部屋でしましょう」
「……わかりました。けど、手短にお願いしますよ。老人の長話につきあう気はないので」
「そう言わずにすこしくらいつきあっていただけませんか」
 わはは、と快活に笑うのは剛毅ばかりだ。
 彼の姿を一目見ようと集まっていた者たちと、総司令官が自らわざわざ出向くなどなにがあったのだと慌ててやってきた者たち。ここを任されている最高責任者に不躾な態度をとる天音に彼らの視線が一斉に突きささる。
 敵意と困惑に満ちたそれらに不快感をいだくも、負の感情を向けられるような物言いをしたのはこちらなので、しかたのないことだった。しかし、注目を浴びているふたりがそれをものともせずに進んでいくため、だれもそのことに言及できずにいた。
 施設の内部は入り組んでおり、侵入者が目的の場所へ簡単にはたどりつけないようになっている。これは魔法だけでなく、純粋に建物の構造が複雑なためだ。天音でも案内がなければ迷ってしまうだろう。



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