天使なんかじゃない | ナノ


「今の、見ただろ? 神条はあの――横にいる生徒の透明化をといてみせた。ということは、その魔法をかけたのも神条本人だということになる。透明化は、決して簡単な魔法じゃない。……わかるだろ?」
「……噂は、単なる噂ってこと」
「すくなくとも、Sクラスに在籍するだけの素質は持っている、ということだ」
 今にも舌打ちをしそうな表情の瑞希に一応多少の弁明くらいはしておくべきかと、天音は緩やかに彼と視線を交わらせた。
「べつに、あなたたちの実力を信じていないわけではありません。ただ、特殊な体質とちょっとしたコネがあるから今回のことに関してはおれが適任ってだけですよ」
 ちょっとしたコネ。
 その単語に役員は聖一の顔が頭に浮かんだのだろうが、実際は違う。しかし、天音自身は嘘を言っていない。彼らが勝手に勘違いをしているだけのことだ。
 それはだれだと追及されないのをいいことに、言葉を重ねた。
「ここで許可がおりなければ次は理事長室にいきます。理事長は、たぶんすぐにOKを出してくれますので。ここに先にきたのは、ただ近かったからですし」
 許可しなければあとで聖一からお叱りの連絡がくるぞ、と暗に告げれば承諾するしかないという共通の意思ができあがったのか、沈黙を貫いていた焔が「よし、じゃあこの件は神条に任せることにする。異存があるやつは……いないな?」と話をまとめ、立ちあがった。
 隣の部屋は仕事をする際には使用しないらしく、おとこはそこで書類の確認をさせようとしているようだ。棒立ちになったまま一言も発せずにいた響の背中を「なにしてんの。いくぞ」とたたいてやれば、「ひゃいっ」とひっくり返った声で返事をされ、緊張していたんだなと察した。突然魔法をといたことを申し訳なくおもう。
 デスクから資料を持ち出した焔と三人で隣室に踏み込むと、さっそく確認が始まった。
「じゃあ明石、この中からきのう一緒に訓練したおとこを探し出してくれる?」
「ああ、わかった」
 二年生から見ていくことにした彼をじっと観察していた天音だったが、焔は暇だからか一年生の資料を捲り出した。そして、その中から響を見つけ、「明石響。属性は炎、雷、闇。親衛隊あり」とさしあたりのない情報を声にする。
「……確かに記憶から抜けおちているな。一応全校生徒の顔と名前くらいは一致するようにしているが、その中でも親衛隊持ちは印象に残りやすい。しかし、彼のことは微塵もおもい出すことができない。ふしぎな感覚だ」
「属性を奪われた人間は、忘れ去られたことにたえきれず、精神が崩壊してしまうこともすくなくありません。そうして壊れたひとは、『エデン』と呼ばれる牢獄に入れられる。……最低最悪の結末です」
「いや、まじで神条がきてくれてよかったわ。おれ、わりと絶望してたしひとりだったらやばかった」
 響はあっけらかんと言ってみせたが、その内容はあまりに重かった。間に合ってほんとうによかったと、天音が安堵せざるを得ないほどに。
 そこからは口をひらける雰囲気ではなくなり、響が紙をめくる音だけが室内に響いていた。
 そうして、そう長くはない時間が過ぎたところで「あっ」という声があがる。
「たぶん、このひと! よく似たきょうだいとかがいない限り、間違いない!」
 興奮した様子の響から紙を受けとり、顔を確認した。それを脳にインプットしてから、さらに焔へと書類を手渡す。
「三年Aクラスの……麹谷鈩(こうじやいろり)か。弟がいるようだが、この学園の生徒ではないし明石の記憶にある人物はおそらくこいつだろう」
「今、三年のAクラスは?」
「……すこし待て」
 そう言って退室したかとおもえば彼はすぐに戻ってきて、「三年Aクラスは現在第五実習室で授業を受けているはずだ」と教えてくれた。どうやら調べてくれたらしい。
「ありがとうございます。さっそく、会いにいきます」
「……こんなこと、言っても意味がないとはわかっているんだが」
 若干、金の瞳を曇らせたおとこに内心首を傾げていると、「あまり、無茶はするな」としょうもないことを囁かれた。
「……ほんとに、意味がないことを言いますね」
「ゆるせ。おまえのことが、心配なんだ」
 苦笑し、くしゃりと髪を掻き混ぜるようにして撫でてきた焔の手を鬱陶しげに押しのけ、天音は「明石、いこう」と歩き出した。
 ふたりのやりとりをぽかんとした顔で見ていた響は慌てて「待てよ!」とついてきて、無言で生徒会室から出ていく天音に役員たちすらも話しかけることができず、そこにはふだんと変わらぬ面子だけが残される。
 休憩室から戻った焔に「焔……神条になにしたの?」と疑問が投げかけられるのは当然のことで、おとこが「すこし……、そうだな、後輩扱いをしただけだ」と返すも彼らの疑念を払拭させるには至らなかった。
――そんなやりとりがあったことなど天音は露知らず、響と自身に透明化の魔法をかけ、怒りに身を任せてずんずんと大股で歩いていた。
「神条、ほんとに会長に気に入られてんだな」
 ぼそり、背後で呟かれたそれに反論したいきもちが爆発的に高まったが、なんとか我慢してカードキーの裏面に地図を表示させ、第五実習室とやらに向かう。
「授業中に拐うと騒ぎになるから、終わるまですこし待とう」
「拐うって……」
「冗談じゃないぞ。……当事者だからわからないわけがないとおもうけど、今回のことは本来、学園内で解決できる事件じゃないんだ。『おれ』っていうイレギュラーがいなかったら明石はさっき自分が言ってたように、狂っててもおかしくなかった。あまさは捨てろ。これから会う相手は――ただの犯罪者だ」
 高校生に酷なことを求めていることは理解していたが、それでも天音はひとつも間違ったことは言っていないという自負があった。
 そもそも、あの禁術は遥か昔に魔法使いたちのあいだで確固たる血の盟約が結ばれ、世に出ないよう封印されたはずのものなのだ。なのに、それを使う者が現れたということは――盟約に与さない者が偶然つくり出したか、どこかの機関からの命令で盟約に与さない者が研究をしていたかのどちらかしかあり得ない。そして、前者である可能性は限りなく低い。穏便に事態を収拾させることができるはずなどなかった。



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