天使なんかじゃない | ナノ




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 生徒会室に向かうことを決めたものの、それがどこにあるのかすら知らなかった天音は響の案内に従い歩みを進めていた。――が、たどりついたのはなぜか購買。
「もうお昼ずいぶん過ぎてるし、お腹すいたんだよ。神条、なんかてきとうに買ってきてよ。肉系がいいな!」
「…………おまえ、将来大物になるよ……」
 半分は本音で半分は嫌みだったのだが、「え〜そうかな〜」と照れるばかりのおとこに毒気を抜かれ、入り口で待つように伝えて一度透明化の魔法を解除し、食品コーナーのものを端からかごに放り込んだ。
 店員が困惑するほどどっさりと食べ物を買い込んだ天音は、一旦外に出て近くにあったベンチに座る。
「食べ終わったらまた姿消すから。それまで、ここで昼食をとろう」
「うん。ありがと、神条」
 透明化は万能ではない。パンやおにぎりのひとつやふたつならばふれていればほかからは見えなくなるが、中にものがつまった大きな袋となればべつだ。袋と食べ物が浮いている光景を発見されれば、騒ぎになるだろう。ものひとつひとつを透明化させるなんてめんどうなことをするつもりはなかったし、天音があたりを監視しつつ響に昼飯をとらせることにしたのだ。
 自分も菓子パンの袋をひとつ破り、咥える。そしてそのままささっとひとつ食べ終えてしまうと、隣のおとこの腹が膨れるのを待った。
「相変わらず小食だなあ」
「そっちは相変わらず大食だな」
 パックのジュースをとり出し、ストローで中身をちゅうちゅう吸っているあいだにも、どんどん袋がからになっていく。それを横目で眺めながら、響の胃袋はまるでブラックホールのようだとおもう。
「そういえば、生徒会室ってふつうに入れるのか?」
「あー、専用のカードキーが必要だけど、神条のゴールドのやつがあれば問題ないっしょ!」
「……ノックしたらあけてくれるとか、ないわけ?」
「名前と用件言って、とりあってもらえる内容だったら、って感じじゃね? 生徒会室なんていったこともなければいこうとおもったこともないからわっかんねえよ」
 確かに、ふつうの生徒は生徒会室に用などないだろう。生徒会に頼まなければ解決しない事柄というのが、そもそもあまりなさそうだ。
「……とりあえず、ゴールドカードは最終手段にしよう」
「りょうかーい」
 おにぎりとパンをふたつずつ残し、それを彼が懐にしまったのを見届けてから改めて透明化し、立ちあがる。
「よし、いこう。今度こそ生徒会室に案内してくれよ」
「わかってるって! こっちだよ」
 地図を見れば自力でたどりつけないこともないが、道を知っている人物がそばにいるのにわざわざそれをひらくのもめんどうだ。腹も膨れたようだしもう寄り道をする理由はないはずだとあとをついていくと、だれともすれ違うことのないまま五分ほどで生徒会室に到着した。
 魔法を解除し、こんこん、とためらいなくノックを響かせれば「……はい?」と、すこし訝しげな声音で対応される。それもそのはず。現在は授業の真っ只中。ふつうの生徒は皆、それぞれの授業に適した教室にいなければならない時間帯なのだ。
「……一年Sクラスの神条です。生徒会のかたにお願いがあってきました」
 そう告げると、若干の間をおいたのち、扉が内側からひらかれる。
「とりあえず、入って。話は中で聞くよ」
 対応してくれたのは優だった。「失礼します」と入室し、焔はいないのかと視線を巡らせれば、彼は奥のデスクで判を押していた。
「で、お願いってなんなんだい?」
 促されるままソファーに座ると、社が席を立つ。給湯室に向かったようだ。おそらく、茶を淹れてくれるつもりなのだろう。役割分担がはっきりしてるんだな、と分析しつつ口をひらこうとすると、きりのいいところまで終えたらしい焔がこちらにやってきて、優の隣に腰をおろした。
「どうしたんだ、神条。おまえがわざわざ生徒会室までくるなんて」
「ちょっと、来客の対応はぼくの仕事でしょ。焔はただでさえ忙しいんだからちゃんと自分の仕事を――」
「全校生徒の顔と名前を確認できる書類がないかとおもってここにきました」
 焔に話したほうが話がはやく進むと確信していた天音は、優が喋っている途中にもかかわらずそう告げた。
 信じられない、といった視線と、ふしぎそうな視線。四つの目に見つめられながら、事の次第を響に説明したときのようにかいつまんで伝える。
「……それが事実だとして、事件の収束を神条に任せてしまっていいのか?」
「忙しそうな生徒会の皆さんの手を煩わせるのは心ぐるしいので、許可をいただけるならおれが対応しますよ」
 焔の問いにそう答えると、無言で横から茶が出された。会釈だけしてそれに応じると、焔以外の役員からの懐疑的な視線が突きささる。
「きみが、ひとりで?」
 その疑問は疑いのまなざしを天音に向ける者たち全員の総意だったのだろう。どんな返答がくるのか、四方から窺われている感覚があった。
「……ひとりで、と言うと語弊があるかもしれません」
「?」
 ぱちん、指を鳴らして響の透明化を解除すれば、皆がひゅっと息を呑む。――当然、焔は「皆」にはあてはまらないのだが。
「彼が、当事者です。といっても被害者側の、ですが。教室を回っても加害者をうまく見つけられなかったので、ここにきました。生徒の一覧表を見せてもらえればすぐに片がつくとおもいまして」
「妥当な判断だな。事情はわかった。おれが監視している中で、という条件つきでよければとくべつに書類を見せよう」
 話はまとまった。じゃあさっそく――と都合よくは、やはりいかないもので。
「待ってよ。まさか焔、ほんとにその子にこの件を一任するなんて言わないよね?」
「だめか?」
「だめに決まってるでしょ!」
 真っ先に口を挟んできたのは、瑞希だった。
「そもそも、今回のこれ、なにをもって解決って判断するわけ? 犯人を見つけて、退学にすれば済むってじゃなくない? 根本をどうにかしないと……」
「だからこそ、動きたくもないのにおれが動いてるんです」
 心底めんどうだ、という声でおとこの台詞を遮れば、ぎろりと睨みつけられる。
「……きみの噂は聞いてるよ。知識は突出してるけど、ろくな魔法が使えないやつって。そんなやつが単独で動いたところで、事態が好転するとはおもえないけど」
「おい、瑞希。おちつけ」
「社……っ」
 瑞希にどうやって納得してもらおうかと考えていたところに、おもわぬ人物からフォローが入る。



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