天使なんかじゃない | ナノ




「……で、気づいたら布団の中にもぐってたんだけど」
「魔法、使ってみて。持ってる属性、ぜんぶ」
 響が所持してい属性は炎、雷、闇。彼は言われた通りにそれを順に使ってみせたが、ふたつめまでは掌の上に問題なく発生していた魔法が、最後の闇でとまる。
「え……、あれ? え、なんで?」
 何度使おうとしても発動しないそれに、おとこは焦っていた。そんな彼に天音は「もういい」と声をかけ、肩をそっと掴む。
「……おちついて聞いてほしい。明石はたぶん、属性をとられたんだ」
「属性を、とられる?」
「そう。属性っていうのは、そのひとを形成する一部だから、なくなるとさっきまで親しく話していた相手にすら認識されなくなってしまう。目には見えない顔のようなものだと言えばわかりやすいか? もしもおれの顔があした突然変わったら、だれだかわからなくなるだろう? ただ、属性の喪失は記憶にも干渉するのがたちのわるいところだ。ゆえに、略奪の魔法は禁忌とされている。もし使ったことが発覚すれば、罪に問われるし最悪この世界から追放されることもある」
 なんでそんなものが自分に、と呆然とする響を諭すように告げる。
「大丈夫。おれがもとに戻してみせる。だから――、きのうあったことも話してくれ。できるだけ詳しく」
「きのう……? べつに変わったことはなかったけど……。授業受けて、晩飯食って、それから……あっ、トモとわかれたあとに訓練室使ったな。一戦交えない? って誘われてさ」
 とくべつ変わったことがなかったなら、日常のルーティーンの中に原因がひそんでいるはずだ。そして、響が朝まで異変に気づかなかったとなれば、最後に会った人物を疑うのは当然のことだった。
「そいつ、どんなやつだったか覚えてるか」
「うーん、わかるのは顔と、一年生ではないってことくらいかな? おれの訓練好きってけっこう有名で、知らないひとからもよく一戦交えないかって声かけられるんだ。実力で、上級生かそうでないかはすぐにわかる。あのひとはたぶん、二年生か三年生だ」
 ちっと舌打ちをしたくなったがぐっとこらえる。犯人を知らない彼がわるいわけではないし、不安でたまらないはずの響を追いつめるような真似を、天音がするわけにはいなかった。
「これは早期解決をしないと被害がひろがる可能性が高い事件だ。おれが透明化の魔法をかけてやるから、上級生のクラスを覗いてしらみ潰しにそいつを探そう」
 わかった、と首肯したあと、でもさ、とおとこがふしぎそうに首を傾げた。
「神条」
「なに」
「おまえ、さっき言ったよな。属性の喪失は記憶に干渉するって。……なんで、神条はおれのことを覚えていられるんだ? あと、透明化なんて高度な魔法使えんの?」
 まったく、優秀でいやになる。勉強が好きではないから筆記が苦手なのだろうが、響は決してばかではない。むしろ、頭はいい。そして、勘も。
「……おれには、あらゆる魔法を無力化する力がある。『属性を奪う』という魔法によって明石はその存在を不安定なものにされているわけだから、それはおれには効かない。簡単なことだろう? 透明化の魔法は……まあ、見ればわかる」
「魔法を無効化って、チートじゃん! そりゃ、ゴールドのカードを渡されるわけだ……」
 これもまた、イヴの魂を持つ者の特権であるのだが、今はその話をしている場合ではないので割愛する。
「理解がはやくてなによりだ。さ、はやく準備をしてくれ。部屋着のままでも姿は見えなくなるから、明石が気にならないなら着替えなくてもいいけど」
「や、一応着替えるよ。ちょっとだけ待っててくれ」
 ちょっと、と言った通り響は一分もしないうちに豪快に服を脱ぎ捨て制服を着込んだ。
「いこ!」と気丈に笑ってみせるおとこにはやく力を戻してやりたいと、天音は切に願う。
 それから部屋を出る前に透明化の魔法を詠唱なしでかけてやったわけだが、響は目を丸くして「うっそだろ」と茫然と呟いたあとは、「いくぞ」と動き出した自分におとなしくついてきて、そのわけを訊ねることはしなかった。


 まずは二年生のクラスから、と回り始めたが、学年があがると実技の授業が増えるのか、生徒が教室にいないことが多々あった。うまくいかない捜索に苛だちが増す。
「まあ、そうかりかりすんなって! この学園から逃げてない限り、すぐ見つかるだろ」
 信じられない、という想いを込めて響を見遣ると、天音の心情を察したのか繕っていた明るい表情がさっと曇る。
「なんか、ごめんな……」
「明石が謝ることじゃないだろ。こっちこそ、いらいらしてわるかった」
「や、うん、だいじょうぶ」
 ちらり、と控えめな視線が向けられ、これはなにか聞かれるなとおもっていると、予想はすぐに的中した。
「あのさ……」
「なに」
「なんで、そんな必死になってくれんの? 神条、おれらに一線ひいてる感じだったし、なんかあっても放っておきそうなのに」
 彼の言うことは正しい。天音は、なにが起きてもそれが自分に関係ない事柄であれば解決は生徒会や、教師たちに任せただろう。だが――、今回のこれだけは、それにあてはまらなかったのだ。
 なぜ、属性の強奪が禁忌とされているのか。そもそも倫理的にゆるされないとわかるだろうに、それすら理解せず、さらにはその結果がもたらす末路も知らぬままおもしろ半分でこんな行為をしている輩がいるならば、自分が一番に探し出して直接罰をくださねば気が済まない。だからこれは――そう。自己満足なのだ。決して、響のためというわけではない。
「……他人事じゃないから」
 うそをつけない天音には、それしか言えなかった。そして、質問をしてきた張本人は未だ納得していないようではあったが、「そっか」とうなずき深く追及してくることはなかった。


 すべてのクラスを回ったが、結局見つからなかった顔もわからないめあての人物を憎々しくおもっていると、唐突にひらめく。
「……生徒の一覧表みたいなのって、どっかにないの?」
「あー、生徒会にならあるんじゃない? あとは、理事長が持ってる、かも?」
 生徒会室と理事長室。そのふたつを天秤にかけ、天音が選択したのは――
「生徒会室にいこう」
 前者だった。



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