天使なんかじゃない | ナノ


「神条ー! おまえ、すっげぇな!」
「いや、べつに。先輩の不調を突いただけだから、実力で勝ったわけでもないし」
「それでもやっぱすげーって! な、な、今度おれとも試合やろ? そんで、だめなとこ教えて!」
 きらきらと瞳を輝かせた期待のまなざしに否定の台詞を告げることができず、つい「……今度な」と口にしてしまう。
「約束だぞ!」
 にかっと快活な笑みを浮かべた響に苦笑し、うなずくと智博が「すごかったよ。お疲れさま」と労りの言葉をかけてくれた。
「基本を完璧にマスターしてるって感じだったな。繰り出される攻撃に下位の召喚獣の防御で的確に防ぐって、簡単そうに見えるけど実際はめちゃくちゃ難しいだろ?」
「……まあ、詠唱ができないぶん、これくらいはね」
 召喚というのはいきあたりばったりですることはほとんどなく、すでに契約を交わしていることが多い。契約すると魔力の回路を繋ぐことになり、喚び出したいときにそこに必要な魔力を注ぎ込むと、いつでも召喚することが可能になるのだ。だから、これに関しては事前準備さえ済んでいれば詠唱が必要なくなる。自分がおもい描いている通りの魔法を使用しなければいけない場面でもこない限りは、召喚獣というのは魔法よりも手軽で省エネで力を借りなければ損だというレベルの存在だ。なのに、この学園で軽んじられている現状に苦言を呈したくなる。だが、清史がそうだったように実力で捩じ伏せなければ皆は考えを改めないだろう。圧倒的な力を持つ召喚獣を喚んでみせてもそれは能力の誇示にしかならない。有用生を示すということは難しいのだ。
 軍にでも入れば否応なしにそのへんを再教育されるようだが、入らなければ放置されるのだろうか。
 今の立場で天音が魔法の使いかたを見なおすよう訴えても、皆の意識を変えることは難しい。
 強力な魔法を使えるようになるよりも応用力をみがいたほうがずっと強くなれるし、そう教わっているはずなのに。この学園の生徒はなまじ実力があるせいで、教師の言葉がきちんと届かないのかもしれなかった。
 天音を見る周囲の目が変わっていく。それは特段よろこばしいことではなかったが、この息ぐるしい生活がすこしでも楽になるなら、わるいことではなかった。
――このまま、とくに問題が起きることもなく日々が過ぎていくのだとおもっていた。天音は、それを望んでいた。なのに、運命というものは残酷で。使命を果たすという目的のためにただいき繋ぐことを、天音にゆるしてはくれなかったのだ。


 ****


 その夜、焔が部屋にやってきた。
「今日、加賀美を訓練で負かしたんたってな。おれのところまで話が届いたぞ」
「……あっちが冷静じゃなかったから楽に勝てただけです」
 それは謙遜ではなかった。実際、清史が万全の状態であれば皆に違和感を抱かせることなく、うまく負ける演技が必要になっただろう。
 天音の事情を知っている焔は「お疲れ」と告げたのちふ、と小さく笑みを零した。
 ばつがわるくなり、話題を転換させようとこちらから話を振る。
「……会長は得意ですか、召喚」
「得意、というか」
 歯切れのわるい返答に視線を向けると、目をしばたいて長い睫毛を幾度も揺らし、彼は言った。
「幼いころは、炎以外の魔法が見たくてよく召喚獣を喚んでいた。一度本家から母とともに追い出され、ふたりで暮らしていたときは、とくに。……だが、連れ戻されてからはその自由がなくなった。『神保』はひとの手による任務の遂行を絶対としている。それが、ブランドみたいなものになっているんだ」
 魔法を使うためには精霊に協力を仰がなければならない。その時点で「ひとの手」の枠から外れているというのに、なんて傲慢な言い種だろう。
「おれの意思にかかわらず、神保では召喚は授業以外で使用してはいけないと決まっている。だから……すくなくとも得意ではない、な」
 四以上の属性を持つ者のみが家に残ることをゆるされるという神保家。なぜそこまで属性の数を重要視するのかとおもっていたが、そういう理由だったか、と納得がいった。召喚を使用しないなら、ほかの属性をカバーするのは己自身ということになる。所持している属性がふたつみっつでは、話にならないということだろう。
「ばからしい……」
 顔が歪むのが自分でもわかった。
 彼らにおとなしく従う焔も焔だ。なぜ、反発できる力がありながらそれをしないのか。今の状況に不満がないとでも言うつもりか。
 かつてこのおとこは屋敷には母がいる、と言った。それがあそこにとどまる理由だと。しかし、本来ならば逆になるはずなのだ。神保が焔をしかたなく家においているのではなく、焔がしかたなく神保にいてやっている。それが正しい姿でなければおかしいのに。現状がそうでないことが、天音は不可解でならない。
 母を人質にされているというのなら、焔は家そのものを人質にすればいい。
「神保」という家に継続させるだけの価値があるとは、到底おもえなかった。
「神条」
「……なんですか」
「召喚を、して見せてくれないか」
「はあ?」
 突拍子もない頼み事をされ、たまらずわけがわからない、といった態度をとってしまったがそれに不快感をあらわにすることなく、焔は続ける。
「色とりどりのひかりの玉を浮かべて、母と一緒に眺めるのが好きだったんだ」
 はあ、とため息を吐き出して掌を上に向け「……おいで」と囁けば現れたのは小さな幽霊のようないきもの。
「彼に黒玉を見せてやって」
 了解、といったようにそれが足先といえばいいのか尻尾といったほうがいいのか――を振ると、ぽわ、と淡いひかりを放つ黒い霧がかったような玉があたりにいくつも浮かんだ。それに属性を与えてやれば、色が変化し部屋の中を漂う様々な色の玉がふたりを囲んだ。
「きれいだな」
「……ええ、とても」
 召喚獣を腕で抱えつつ、それを眺めていれば「ありがとう、神条」と礼を言われる。どういたしまして、と素っ気なく返し、天音はそのまま焔と小さな箱の中、幻想的な雰囲気を心ゆくまで堪能したのだった。



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