天使なんかじゃない | ナノ


「なんでもいいんではやく始めましょう」
「……そう。じゃあ、おれがてきとうに決めるね。ただ、これだけは確認しておきたいんだけど――ハンデはほんとうになくていいの?」
「はい」
 たとえ天音が今回清史を負かしたとしても、まぐれだと言うやつはいるだろう。ただ、その人数を減らせるはずなので、ハンデはないほうがいいと判断したのだ。
「フィールドは、障害物もなにもない、草原にしたよ。これなら、完全な実力勝負になるからね」
 おとこは今、平静を装おうとしているが、実際はそれができていない。教師からの納得がいかない回答に、自分より格下である下級生からの挑発。そのふたつが、彼の思考を乱している。
 魔法使いとは、常に冷静であり、瞬時に最善の判断をくだせる存在であらねばならない。その点でいえば、清史はまだまだといったところだ。
 仮想空間が展開されると、視覚から、聴覚から、嗅覚から、晴天と緑を感じた。
 この部屋では分身がつくり出され、本体の意思で動くようになっているらしい。そして、ダメージもそちらの分身が受けるため、試合が終了しても傷は負わない、という寸法だ。
「これが訓練でよかったね、神条。訓練じゃなかったらおれ――、きみのこと、血みどろになるくらい痛めつけちゃってたかも」
 くちびるは弧を描いているが、その目は笑っていない。
「さあ、あと十秒で試合開始だよ。……せめて、十分は楽しませてね?」
 清史の挑発には反応を返さず、天音は深呼吸をして気分をおちつけることすらもなく、十秒が経過するのを待った。
『対戦を開始します』
 機械的な声が空からそう告げると、おとこがさっそく水の魔法を放ってくる。水の玉は勢いがあり、あたればただでは済まないとわかっていた天音は瞬時にブルーマリンを召喚し、それを吸収した。
「うげ、ブルーマリンとか。ちゃっちい攻撃は意味ありませんよーって感じ?」
 ブルーマリンはいわゆるスライムのような生き物で召喚も安易だし魔力の消費もごくわずかで済む召喚獣なのだが、衝撃を吸収することに優れている。フロストを召喚して氷の盾をつくり弾いてもよかったが、その後になにかしらのギミックが含まれていたらめんどうなので、より安全なほうを選択したまでのこと。
 こちらを窺うように徐々に強力な攻撃魔法を使用してくる清史に、こちらは召喚獣を召喚し、被害を最小限におさえることのできる防御をする。
 魔法をすこしでも囓った者がこのやりとりを見れば、魔力の消耗は明らかに清史のほうがはやいと、だれもがわかるだろう。量が多く、尽きる心配がないなんて、驕りでしかない。そういう自信は、「精霊に愛されてから」つけるものだ。
 清史の焦燥感がこちらまで伝わってくる。ああもうすぐだな、と予想をたてた直後、「そのとき」は訪れた。
 痺れを切らしたおとこが、勝負に出たのだ。今までよりも時間がかかる強力な魔法の詠唱に入った。
 片手に盾をかまえて攻撃を防ぐつもりでいるらしいが、そんな中途半端なことをするより安全に詠唱ができる結界を先にはっておけと呆れる。
 呪文の短縮や省略、魔法を使うという点において、清史は確かに優秀な人物のようだ。それは、自分も認める。――しかし、だ。
「――脇ががらあきですよ、先輩」
「っ!」
 詠唱を中断し、防御に回ればまだ勝負は決まらなかっただろう。だが、彼は先に魔法を発動させる自信があったのか、詠唱をやめなかった。水の龍がその姿を完全に形成したその直後、天音がけしかけたビーツという蜂に近い姿をした召喚獣の攻撃を受け、清史の体は崩れおちた。
「じゃ、最後はフロストにお願いしようかな」
 清史がばかにした召喚獣で最後のとどめをさす。雪だるまに目と手足がついたような見た目をした可愛らしいその生物は、天音の命令を聞き厚い氷の板をつくり出すとそれをおもいきり清史の頭にたたきつけた瞬間。
『――試合終了。勝者、一年Sクラス神条天音。記録、八分五十三秒』
 そんなアナウンスがなされ、仮想空間が消えると床に座り込んでいる清史がいた。まさか現実の体に影響がまったくないわけではないのかと慌てて駆け寄ると、「あーもーくやしー!」とおとこがいきなり叫んだため、天音の動きがとまる。
「最悪だよー。恥ずかしいよー。状態異常対策とか初歩中の初歩じゃん……。麻痺って負けるとかほんと、情けなさすぎ……」
「先輩がふだんより冷静じゃなかったからこちらに勝ちの芽があっただけですよ。……召喚獣も使いかた次第でいろいろな対応ができるって、わかってもらえました?」
「実力で捩じ伏せられたら理解せざるを得ないでしょ。はあ、初心に帰って勉強しなおすかあ」
 彼に手をさし伸べればそれは拒まれることなく掴まれ、立ちあがった清史がパネルを操作して終了ボタンを押すと、扉が自動でひらいた。すると、外にいた大量の観客の視線がふたりに一斉に集まる。
「あーあー見ないで見ないで。まじで恥ずかしいから」
「かっ、加賀美さまは調子がわるかっただけだとおもいます!」
 可愛らしい容貌の生徒がそう声をあげた。なにを見ていたのかとため息をつきたくなったところ、清史がそれを咎めた。
「そういうフォローは虚しくなるだけだからやめて。そもそも、こういうのは冷静になれなかったほうが負けるの。勝負は始まる前から決まってたんだよ。……ってもー、こんなこと言わせないでってば!」
「す、すみません」
 彼は敗北し、冷静さをとり戻したようだ。
 その生徒はあっさりひきさがったが、好奇の色を含んだいくつもの目が天音から逸らされないままだった。
「……神条」
「はい」
「ごめんね。おれ、属性ひとつしかないのに圧倒的な力を持つやつがすぐそばにいるせいで、焦っててさあ。でもやっぱ、背伸びしすぎるのはだめだね。これからは今までしてきた背伸びの代わりに、努力をするよ」
 瞬時に焔の顔が浮かんだ。あのおとこは特殊な事例なのだから自身と比べることもないだろうとおもったが、その想いは胸の内にとどめておくことにした。
 きっと、清史にとっては高すぎるくらいの目標があったほうがいいのだ。
「……がんばってください」
「神条、ありがとね」
 そうして清史とわかれると、ひとごみを掻きわけてこちらにやってくる生徒がふたり。――智博と響だ。



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