天使なんかじゃない | ナノ


「神条くん」
「神条くん!」
「神条くん……」
 あちらこちらで天音の名が呼ばれている。そのことにうんざりしつつも、無視するわけにもいかなかった。
 ことの始まりは、ともるにテストでわからなかった部分を教えたあの一件だ。あのあと、ともるは「神条くん、ぼくがわからなかった部分を詳しくわかりやすく教えてくれたよ」と友人にふれ回った――おそらくよくない噂ばかりを耳にする天音の評判をすこしでもよくしようといった善意による行動だったのだろう――らしく、じわじわとその話がひろがり休み時間になると天音のもとに勉強を教えてもらいたい生徒がひっきりなしにやってくるようになったのだ。
 もちろん、授業が終わった瞬間に逃げ出して避難することもあるにはある。だが、毎回はむりだ。結局、天音は列をつくる人間に整理券を配布することにし、日時を指定して彼らの質問にひとつひとつ答えてやることにした。中にはとうぜん訊ねてくる内容が被っている者がいたので、その際はあの学年のあのクラスのだれだれに聞いて、と投げた。さすがに何度も同じことを教えてもいられない。
 この騒ぎもそのうちおちつくはずだと自身に言い聞かせ、日々をたえているとある日の昼休みにおもいがけない人物が一年Sクラスの教室に来訪した。
「神条〜!」
 えっ、うそ、なんで?
 そんな声があちこちであがる。
「ねえ、ちょっと聞いてほしいんだけど。今って時間ある?」
 こちらに近寄りながら話しかけてきたのは清史だ。歓迎会で同じチームになったため容姿と名前くらいは覚えているが、こんなふうに顔を出されるほど仲が深まった記憶はない。
「あ、すみません。昼休みは質問にくるやつらが……」
 とりあえず用があるから断ろうとすると、すぐそばにいた男子に口を挟まれる。
「ばばばばかやろう! 断るな! みんなにはおれらが事情を説明しておくから!」
「彼もああ言ってることだし、聞いてくれるよね?」と清史が首を傾げたため、おとこになんでそんなに焦ってるんだ、と聞くことはかなわず、天音は「はあ、じゃあ、おれでよければ」といやいやうなずくしかなかった。
「これ見て」
 聞いてほしいんじゃないのかよ、とおもいつつさし出された紙を見れば、それがテストの答案だということはすぐにわかった。そして、そこにバツ印がついていることも。
「この問題、二年のSクラスでほとんど正解者がいなかったやつなんだけど、そもそも問題がさー、できるだけ魔力の消費を抑えつつ、ワイバーンのブレス攻撃を凌げってもんだったわけ」
 なんとなく先を察した天音はめんどくさいことになりそうだな、と眉を寄せた。
「正直、おれらはサービス問題だとおもったわけよ。みんな、それぞれ得意分野で攻めたよ。――でも、答えはひとつだった」
「……フロストの召喚」
「……へえ、わかるんだ?」
「魔力の消費を抑える、その文章がある時点で召喚を示唆されていることがわかりますから」
「――そう。神条、すごいね、大正解だ」
 ぱちぱちぱち、とわざとらしく拍手をする清史に訝しげな視線を送れば、おとこはにっこり笑って、言った。
「でもさ、そんな知識なんの役にたつの? そんな最小限の魔力消費で切り抜けなきゃいけない場面なんてないのに、って、納得できないやつらが大勢いたわけ」
 召喚は、自らが力をつければつけるほど疎かになる分野だ。自身が自身でカバーできない弱点を補完することや偵察の際に手足として動かすときに必要となるわけだが、なまじ実力がある者ほどむだに高位の召喚獣を使役したがる傾向にある。そして、盲目な人間は召喚すらせず、己の力のみですべてをなんとかしようとするのだ。
 清史の解答は、まさに盲目的な魔法使いのそれだった。
 自分の魔法で、氷の障壁を三重にはる。
 彼の答案にはそう書いてあった。実際、このおとこにはワイバーンが火を吹くまでのあいだにそれをする実力があるのだろう。だが、フロストを喚べば消費魔力がその三分の一で済むのだから、清史の解答はどうしたって正解にはならない。
「……じゃあ、試してみます?」
「え?」
「先輩が言う召喚獣たちが、ほんとうに役にたたないのかどうか」
 下位だとか高位だとか、そうやって人間が勝手に召喚獣にランクをつけることにすら辟易してるのに、こうも見下されると天音も黙ってはいられなくなる。かつてはもっと協力的であった彼らが召喚以外で力を貸してくれなくなったのは、ひとの愚かさゆえだと知らないのかと詰め寄りたいのを必死にこらえた。
「……どうやって?」
「訓練室で。一対一とかできるんですよね? あそこ」
 教室内がざわつく。おそらく、清史は二年のSクラスの中でも上位に位置する者なのだろう。身のほど知らずにもほどがある! とそこら中から野次が飛んできた。
「――外野は黙ってくれる?」
 恐ろしく冷たい瞳をしてそう吐き捨てた清史に皆が固まる。
「いいよ。しようか、一対一」
「じゃ、さっさといってさっさと終わらせましょう」
 挑発するような台詞を告げ、立ちあがった自分に智博が心配そうな顔を向けてきたので、「だいじょうぶ」と口のかたちだけで伝えた。いつかあいつの胃、穴があきそうだな、とそうさせている当事者であるのに他人事のようなことをおもいつつ、前を歩き出した清史のあとを追う。
 彼がなぜ、自分のところにきたのかはわからない。だが、天音を訪ねてきたからには天音にしかできない方法で答えを返してやるつもりだった。


 増設はされたが、順番待ちがなくなるわけではない訓練室に清史が近づくと、色めきたった声があちこちで発される。
「ねえ、だれか順番変わってくれない? ちょっと、一対一やりたいんだ。すぐ終わらせるからさ」
 見物人を増やすためか、わざとらしく声量をあげてそう言ったおとこに、ひとりの生徒がおずおずと近づき、紙をさし出した。
「ぼくちょっと今から用があって予約をキャンセルするところだったんだ。だから、よかったらどうぞ」
「お、上永じゃん。さんきゅー。じゃあありがたく」
 知り合いだったのか、遠慮なく予約券を受けとると清史は扉の横にある機械にそれを通し、さっさと中へと入ってしまった。天音もそれに続く。
「さて、設定どうする? 勝利条件に関してはどちらかが一定のダメージを負うか意識を失うかでいいよね」
「ほかになにか決めなきゃいけないことがあるんですか」
「ん〜? いろいろ設定できるんだよ。フィールドとか、ハンデとか、外に公開するしない、とか」
 彼が気にしているのは最後のだけだろうなとわかったが、どうでもよかった。
 仮に体力が一になるハンデを課されたとしても、油断さえしなければこちらが負けることはない。



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