天使なんかじゃない | ナノ


 中間テストが終わると同時に、頻繁に雨が降るようになった。梅雨に入ったのだ。
 実技のほうは相変わらずだが、筆記はほとんど完璧。毎度首位争いをしている面子を押しのけ一位に君臨した天音に、一学年の生徒たちは騒然とした。歓迎会で同じチームになった天音の働きはどんなものだったのかと訊ねられた衛の証言も相俟ってか、そこの実力に関して疑われることはなかった。
 勉強だけできてもどうしようもない。
そう、彼らは技術面で天音を下に見て、自分をあげ、矜持を保っているようだった。――が、それでは成長できない。
 きらいな相手でも、頼りたくない相手でも。くだらないプライドなんて握り潰し、なりふりかまわず教えを請うべきだからだ。もちろん、わからないことがあるならその教科の担当教師に聞きにいくのが一番なのだが、考えることは皆同じなわけで。この時期は職員室も、教師ひとりひとりに与えられている研究室も、休み時間に入った直後に質問をしたい生徒たちの列ができてしまって、しばらく待たなければならなくなる。そうなると、ほかに頼れるのは毎回定期考査で上位に入る学年内のトップたちとなるわけだ。もちろん、学年が自分より上の先輩に頼るのもありだが。
 天音という存在は、その中の選択肢のひとつになり得る存在のはずだった。だが、採点がされたあとのテストの答案用紙を持って間違っている箇所の解析をしてくれと頼んでくる人物は、智博と響以外にはひとりもいなかった。
――そんなある日、入学して間もないというのにたえきれなくなった天音は堂々「次の授業サボる」と宣言して外に飛び出した。寮に戻ってもよかったのだが、さすがに一日丸々授業に出ないのはわるい気がしたので、いい昼寝場所を探して緑が生い茂っている林の中を探索していた。すると、そう遠くないところに小屋を見つけた。木々が影となり、太陽のひかりがじかにあたらないらしいその小屋はじめっとしていたが、夏でも涼しく快適に過ごせそうなところではある。
 木製の扉をあけて中に入れば、暖炉やテーブル、それに仮眠ができそうな寝床があった。
 仮に雨が降ったとしても凌ぐことができそうだし、いいところを見つけたと天音はさっそく寝台に横たわった。
 そうして、いいサボりポイントをゲットしたわけだが、最近になってあとをつけられている気配を感じるようになった。悪意はないようなのだが、迷いが伝わってくる。林の内部に向かう天音に声をかけようかかけまいか、心が決まらない様子で物陰に隠れながらついてくるものだから、こちらとしてもどうしたらいいのかわからないのだ。とりあえず害はないようだし、と放置していたわけだが、その人物がついに動き出したのが、本日の午後。昼休み中に雨が降り始めてなんとなくやる気が失せたために午後の授業をサボろうと小屋へと向かったところ、「あの、」と震えた声で呼びとめられた。振り向くと、そこにいたのは知らないおとこ。
「……なにか?」
 訝しげな表情でそう訊ねれば、慌てて目の前の彼は自己紹介をした。
「ぼく、E組の高科(たかしな)ともる。あの、その、衛から話を聞いて、もしよかったらちょっとテストでわからなかったところを教えてもらえないかなあと……」
 小柄ですこし気が弱そうなところが衛と似ているとおもったが、ともるのほうがおもいきりのよさはまさっているらしい。
「いいよ。あっちにある小屋なら、勉強できないこともないだろうから。そこでいい?」
「あっ、うん! もちろん! ありがとう、神条くん」
 ついてきて、と歩き出せば足音がふたりぶんに増え、いつもひとりだった天音はふしぎな気分になる。なんとなく、胸がむず痒い。
「ここ」
 まるで自分の家に招くように扉をあけてともるを中へあがらせると、さっそく電気をつけて「で、わからないところってどこ?」と訊ねた。持ってきていた用紙とメモをするためのノートをひらき、「ここです」と彼が指でさし示したのは召喚学の応用問題。おそらく、大半の一年生が満点をもらえなかった問いだ。
「……まず、この問題に求めてられてる答えはわかるよな?」
「うん。光属性の敵に対して召喚した召喚獣を利用し有利に立ち回る方法」
「そう。でも、自分を含め仲間が使える魔法は火と水のみ。召喚できる召喚獣は同属性のものだけ」
「だからぼくは、魔法使いがひとりずつ召喚獣を召喚して防御に長けた敵を手数で翻弄するって行動をおもいついたんだけど……」
「三角だったわけだ」
「うん」
 じゃあ、とここから天音の講義が始まった。
「わざわざ召喚できる属性が限られてるってことは、教師陣はこれを利用して考えを膨らませることができるか見てるんじゃない。まあ、それにしたってふるいをかけすぎだとはおもうけど」
「どういうこと?」
「知識量の違いが明確になる部分だから。召喚獣には、属性の違う眷属がいるものが存在するってことをまず知らないと問題外になる」
「え、でもそういうのって高位の召喚獣で、ぼくたちが召喚するなんてむりなんじゃ……?」
「でも、問題には魔法使いの熟練度は書いてないし、むりやり彼らを自分と同レベルだとして考える意味はない。それに、片方の召喚に片方が魔力を提供してふたりで協力すれば、ひとりで召喚するよりは強力な召喚獣を喚び出すことが可能だ。まあでもやっぱり実力はまだまだって方向で考えて、協力し合うって解答が求められてるんだろうとはおもうけど」
「なるほど」
「召喚獣の名前の記入がないと点数マイナスされるかもね。あと、実は今回の解答にぴったりの召喚獣がいる」
「えっ?」
「サラマンダー。彼らは火属性の召喚獣だし、一年生の実力でも手が出せないほど高位ってわけでもない。あんまり知られてないんだけど、闇属性の下級聖獣、ゴーストバットが配下にいるから、その群れを動かすよう命令すれば光属性に有利がとれる。今回の解答はこれらの単語が入っていて文章的におかしなところがなければ、満点がもらえたんじゃないかな」
「ひ、ひえ……。天音くん、召喚獣についてもすっごく詳しいんだね……。ゴーストバットなんて、群れを成して魔力を吸う弱いけど鬱陶しいやつってくらいの認識しかなかったよ。まさか、サラマンダーの配下だったなんて……」
 みんなが勝手に教えてくれるから、とは言えなかった。
「重要なのは用途に合った召喚獣を召喚すること。理由もなく高位な召喚獣を召喚するのは、魔力のむだ使いになる」
「やっぱり、知識って重要なんだね」
「そうだな。まあとりあえず今は自分の力に見合ったレベルのやつと、すこし背伸びしたレベルの召喚獣の知識を蓄えるのがいいとおもう。召喚獣の力は確かに自分の魔力を媒介に発揮されるものだけど、うまくやれば自分で魔法を使うよりずっと強い攻撃や防御を、魔力を消耗させずに使えるはずだから」
 解説したい内容はだいたい話せたので
「……こんな感じでどう?」と反応を窺うと、きらきらした瞳でともるは礼を言った。
「すっごく勉強になった! 天音くんを頼ってほんとうによかった。ほんとうにありがとう!」
「どういたしまして」
 向上心のある同級生に、すこし手を貸すくらいのきもちでおこなった行為が、まさかあんな事態をひき起こすことになるなんて――。このときの天音に予想できるはずがなかった。



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