天使なんかじゃない | ナノ


「三年Bクラス、岩戸万喜夫。願いは」
「は、はい! おれは訓練室のシュミレーションに攻め込んできた多勢の敵を少数で防衛する、学園や砦での迎撃を想定した防衛戦の追加をお願いしたいです!」
「それならば可能だろう。今日の結果を驕らず、これからも鍛練に励んでくれ」
 まさかの響タイプ、と天音が驚愕しているうちに焔は次に進んでいく。
「次。三年Dクラス、鶴貝翔斗」
「はい。おれは、娯楽施設にビリヤードを増やしてほしいです」
「可能だ。手配しよう」
「やった」
 意外な趣味だ、とおもっていると、さらに次、と龍太郎の番がくる。
「次。二年Aクラス、白森龍太郎」
「はい、ぼくは図書館の増設を望みます。魔法書の種類も増やしてもらえるとうれしいんですけど」
「了解した。満足してもらえるよう善処する」
「ありがとうございます」
 真面目そうな見た目をした彼はそれを裏切ることなく実際も真面目な人物のようだ。
「次。二年Sクラス、加賀美清史」
「そうだなー、うーん……今回の迷路の魔法の概要を見せてもらうことって可能?」
「……いやな顔はされるだろうが、可能なはずだ。あとで優のところにいってくれ」
「わーい」
 このイベントのために、優は魔法の使いどころを考えに考え抜いたはずだ。清史の願いはその努力を盗み見するような行為であるため、彼は快くおもわないだろう。しかし、この学園では貪欲に力をつけようとするさまは正しい姿だった。
「次。一年Eクラス、小枝衛」
「はっ、はい! えと、その、ぼくは……」
 言い淀む衛に焔はすこしだけ表情を和らげ、「遠慮することはない」と声をかけた。
「は、はい。あの、もしお時間のあるかたがいれば、なんですけど、ちょっと魔法の使いかたを教えていただきたくて……」
「おそらくおれたち役員が担当することはむりだが、優秀かつ信頼のできる人物を選定し、連絡する。それでいいか?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
 軽くうなずいて、おとこが視線をこちらに移す。髪と同じ色の長い睫毛がまばたきのたびにばさばさと上下するそこから覗くのは金の玉。かちり、と目が合わさった瞬間、彼の口角がくっとわずかにあがる。
「次。一年Sクラス、神条天音」
 望みというものが、本気でなかった。しかし、ここで「ありません」などと言おうものなら学園内でさらに浮いてしまうだろう。今でもだいぶ居心地がわるいのだ。これ以上事態を悪化させることは避けたかった。
――ふと、多くの願いがあるという響の顔をおもい出した。
「……可能であれば、訓練室の増設を。できれば、多めに」
「意外だな。神条があそこを使用することはないとおもっていたが」
「べつにいいでしょう。可能ですか?」
「ああ。その要望は前々から生徒会のほうで多数受けとっている。なんとかできないものかと頭を悩ませていたんでな。これを機に増やせるだけ増やしておくとしよう」
 やったー! よっしゃあ! と、一部の生徒が歓喜の雄叫びをあげた。その光景を見て、自分にもだれかをよろこばせることができるのかとぼんやりおもう。
 その後も、願いを皆が述べていった。景品の授与が終われば閉会式がおこなわれ、新入生歓迎会は幕をとじた。


 ****


 その晩、天音が用意した扉をくぐって焔が部屋にやってきた。
「起きていたのか」
「……まあ」
「お疲れさま。それから、三位入賞おめでとう」
「べつに、おれはなにも……」
「ナイスアシストだった」
 聞けよ、とおもいつつも文句を言っても彼は態度を改めないだろうとわかっていたので、ため息を吐き出すにとどめた。
「すこしは楽しめたか?」
 今回は遠慮なく、自分の横に腰をかけたおとこを横目で眺めながら「まあ」とぶっきらぼうな返事をする。
「それはよかった」
 くしゃり、髪の中に指をさし込むようにして頭を緩く、やさしく撫でられ、否応なしに心臓が跳ねた。
「……柔らかいな」
「え」
「髪」
「……だから?」
「ずっと撫でていたくなるってことだ」
 頬に熱が集まるのをなんとか抑え、ぐいと掌を押しのける。手が下におりたのを確認すると、焔から視線を外して囁くような声量で告げた。
「……あなたも、お疲れさまでした」
「……ありがとう」
 このおとこのそばにいると、魂が惹かれてしまう。自分の意思なんて初めからなかったみたいに、揺れ動く。
「神条」
「なんですか」
「……すこしだけ、ふれてもいいか」
 焔の真意はわからなかった。けれど、どうしても断ることができなかった。
 天音にとっての沈黙は認めたくない肯定の証。それを悟っているのか、焔はゆるりと手を握ってきた。
 自分のきもちを無視して育つ芽。枯れてほしいと願っているのに、降り注ぐは雨。
 梅雨入りの時期は、もうすぐそこまで迫っていた。



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