天使なんかじゃない | ナノ


「……一年Sクラス、神条天音です。属性は闇以外所持してますけど、あまり力にはなれないとおもいます」
「あー、きみ、詠唱できないんだって? それでなんでSクラス入れたの?」
 清史に訊ねられる。辱めたり、追いつめたりするつもりはなく、ただ純粋に気になっているようで同じクラスのやつらとはぜんぜん違うな、と関心しつつそれに答えた。
「知識だけはあるので」
 実は初め、聖一から生徒か教師としてこの学園にこないかと誘われたのだ。ただ、おすすめは生徒のほうだと言われていたし、とくに希望もなかった天音は「じゃあ生徒でいいです」と前者を選んだ。しかし、こんな面倒なことになるなら教員としてきたほうがずっと楽だったのではないかと、すこしだけ後悔していた。
「では、神条はなにか得意なことはあるか?」
 万喜夫に聞かれ、「探知ですかね」と返す。あとは簡単な補助くらいなら、とつけたせば彼は満足げに頭を軽く縦に振った。
「こんだけ属性あればどうとでもやりようはあるよね。でも、とりあえずおれたち三年が先頭と後尾にひとりずついたほうがいいんじゃないかな」
 翔斗の意見に賛成、という声があがりその後も約割分担をして攻略の方向性を定めたころ、一組目のグループが移動を開始した。
 二組目が動き出し、自分たちの番がくるまで上級生が雰囲気がわるくならないようさりげなく気を遣ってくれた。ものすごく会話が盛りあがるということはなかったが、さして話を振られるということもなく天音は楽な面子の中に入れてもらえたのだと感じた。
「そろそろ第三グループも動いてもらうよ! 用意してね!」
 瑞希がそう知らせれば、談笑していた一部の生徒たちの表情がきりりとひきしまる。
 番号を呼ばれ、ひと塊になったチームが一つずつ、前へ出て会計から紙を受けとる。万喜夫も同様にそれを手にし、小さく音をたてて紙をひらいた。そこには「1―Aへ向かい、教室に入ること」と書かれていた。どうやら、それぞれのグループごとに迷路の入り口が異なるらしい。
 結界を個々にはり、中に空間を新しくつくっているのだろうと予想する。高校生のお遊びで使うような技術じゃない。
 天音が見事だと認めざるを得ないほどに、生徒会は優秀なようだった。
 指定されたクラスにつき、扉をあけようとしたがひらかなかったため、万喜夫が首をかしげた。
「時間になったらあけられるようになるか、自然とあくんじゃないですかね?」
 清史がそう言えば、皆がなるほど、と頷く。天音も同じように考えていたので、とくに口出しすることはなかった。
 龍太郎が腕にしている時計をちらりと見やり、「もうすぐだとおもいます」と呟く。
 この度あかないドアが三番目のチームすべてを同時に迷路に入らせるための処置だとすれば、三十分きっかりであくしかけになっているのかもしれない。
 おそらく最初の組が一時半に、次が二時に入ったのだろう。ならば、自分たちは二時半になるはずだ。
 じっと全員で扉を見つめ、長いようで短いときを待てば、カラカラカラ、とスライド式のそれがゆっくりとひらいた。真っ暗な渦の中に、万喜夫が「いくぞ!」と先陣を切って飛び込む。
 次々とメンバーがそこに足を踏み入れていくが、衛は怖いのか泣きそうな顔で立ちどまり震えていた。それを見た天音は仕方ない、と手を出す。
「ほら、一緒に入ってやるから」
「えっ、あっ、ありがとう……」
 握られた手をぐいとひっぱるようにして黒い空間に入れば、「よしよし」と言いながら翔斗が最後に結界へと踏み込んだ。すると、初めからなにもなかったかのように入り口が消え去る。
「単独行動は避けてなるべくまとまって進むことになるが、なにか見つけたらだれでもいいから報告な」
 リーダーの言葉に皆が「はい」と返事をし、いよいよダンジョンの攻略が始まった。
 ――そこでさっそく、天音は気づく。
「……あの」
「え、もうなにか見つけたの?」
 驚くように翔斗に訊ねられ、まあ、と歯切れわるく返す。
 この迷路は、小さなほころびがそこらじゅうにあった。しかも、気づいてくださいと言わんばかりに、だ。
「道を壊して進むのは禁止されてますけど、ワープはいいんですかね?」
「禁止事項にふれなければなにをしてもいいはずだけど……」
「至るところにありますよ、ひずみのようなものが。入ったら宝があるのか、罠があるのか、ショートカットになるのか、どれかはわからないですけど」
「……きみ、ほんとに探知が得意なんだ」
 感心するように言い、翔斗はすぐに万喜夫へ声をかける。
「岩戸! ストップ! このへん、空間がいくつも隠されてるみたいなんだけど、どうする?」
 水の幻影をつかい闇属性で設置された扉を見えにくくしているらしく、常人にはかなり発見しづらいギミックだろう。皆、「こんなのわっかんないだろ、ふつう」と嘆いている。
「おれでもめちゃくちゃ集中しないとわかんないのに、すごいね、神条」
 清史にそう褒められるも、天音にとっては自然とわかってしまうものなので罪悪感がうまれた。このままではぬるいゲームになってしまいそうだ。やはり、自分はあまり口出ししないほうがいいかもしれない、と天音はこっそりおもった。
「よし、一番手前の通路からいってみよう。おれが防御壁をはりつつ前にいくから、後ろからの罠への対処は鶴貝に任せる」
「おっけえ」
 ひとの体が壁にめり込んでいく光景は見ていてきもちのいいものではなく、やはり衛が「うわあ」といういやそうな顔をしていて、こんなんでこいつこの学園でやっていけるのか? といらぬ心配をしてしまう。
 罠に備え短い詠唱で龍太郎が手にした光の剣は、響が見たら「か、かっけええええ!」と興奮しそうな代物だった。彼が優秀だからなのかどうかはわからないが、今の一年生よりもだいぶ魔法の扱いに慣れているように感じる。実際、衛はどうしたらいいのかわからずおどおどしっ放しだ。実力とかそういう部分ではなく、対応力に差があるのかもしれないけれど。
 壁を抜けたすぐ先には突きあたりがあって、いかにもな箱がおいてあった。台の上にあるそれは掌に乗せることができる程度のサイズしかない。慎重に前へ出つつそこにたどりつくも、あけるかどうかでまた全員が迷っていると、ひとりのおとこが言った。
「よし、じゃあおれがあけますよ。三年生のライフはまだ削られたくないけど、一年に任せるのもかわいそうだし。ここは二年生の出番かなって」
「――加賀美はそれでいいのか?」
「はい。悩んでても仕方ないし? じゃあ、すこし離れててもらえますかー?」
「……頼む」
 清史の申し出を受け入れ、万喜夫がすまなさそうにそう告げてほかのメンバーをさがらせると、彼はひとおもいに箱の蓋をあけた。



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