天使なんかじゃない | ナノ


 頑張るつもりはないが、力を必要とされれば手を貸すくらいのことはするつもりだ。本気など出したら確実に自身が入ったチームが優勝してしまうだろうし、とくべつ望みも注目を浴びることも求めていない天音にとって、上位を目指す意味はなかった。
 響は訓練室を増設してもらうのだと燃えており、こういったことには無関心そうな智博も珍しく「頑張らないと」と意気込んでいた。
 ――そう、景品とは「ひとつだけ願いをかなえてもらえる」というものなのだ。生徒会のメンバーがかなえられる範囲で可能な限り、という制限はつくが、それにしたって太っ腹すぎやしないだろうか。響の「訓練室を増設してもらう」という希望ならばすんなり通ってしまいそうなところが怖い。
 昂輝がやってきたことによって一時的に静かにはなったものの、生徒たちの浮き足立った雰囲気はどうにもならなかった。彼はもうしかたないとあきらめているのか連絡事項を伝えたのち、さっさと教室を出ていってしまったため、室内はふたたび歓迎会の話題で満たされた。
「なあ、神条はもしトップスリーに入れたらなにをお願いすんの?」
 響きに訊ねられ、「とくに希望はないけど」と返せば、驚愕した表情が「信じられない」と述べていた。
「無欲すぎねえ!? おれなんて訓練室増やしてもらうののほかにもいーっぱい望みあんのに!」
「……まあ、そのときになったらなにかしら考えるし」
 天音が頑張らずともチームメイトが優秀であれば上位になる可能性はある。ひとつくらい、なにか願いを用意しておいたほうがいいかもしれないな、とおもいつつ、掌で口を隠しながらあくびをひとつつく。
 自分の一番の望みは、どうせかなうことはない。二番目の望みも、神にしかかなえることはできない。
 いくつも願いがあると言える響は、恵まれた環境で育てられたのだろう。天音は、あれがしたいこれがしたい、あれがほしいこれがほしいとわがままを口にできる相手などいなかった。――いや、言える相手はいた。ただ、それが人間ではなかったことと、かなえてもらっても「どうせかみさまからの命令なんでしょ」という卑屈な想いをいだいてしまうだろうということが自分でもわかっていたので、勝手に口を噤んだのだ。欲というものを抱く方法自体が、天音にはわからなかった。
 時間になり、ざわざわと騒がしい教室に魔法学の担当の教師が入ってくる。皆がすんなり口をとじたことに満足したのか、彼は一度頷いた。
 号令後、授業はすぐに始まった。
 教科書もすべて揃い、智博から借りる必要がなくなった天音は指定されたページをひらかずに、一番最初に載っている「せかいのそうせい」という文章を読んでいた。これは、大半の子どもですら知っている魔法界で常識といっても過言ではないものだ。


 ずっとむかしに、かみさまは、まあるいせかいをつくりました。
 そしてそれをみまもるくにをそらのうえにつくり、したのせかいをながめていました。
 あるひ、かみさまは「にんげん」をつくりました。それはかみさまがじぶんのあばらからつくった、かみさまのすがたによくにたものです。かたほうはおとこ、かたほうはおんなで、ふたりがまじわればこどもができ、「にんげん」はかずがふえます。でも、かれらはそんなことはしりませんでした。
 かみさまはそのふたりのにんげんにアダムとイヴというなまえをつけ、まいにちたのしくくらしていました。しかし、あるひじぶんたちが「にんげん」であることをうえのせかいにすむどうぶつ、へびにおしえられたふたりは、らくえんからでていくことをのぞみました。
 アダムとイヴにかってに「にんげん」であることをおしえたへびはかみさまからあたえられたばつによってあしをうばわれ、ふたりはそのごちじょうへとおくられました。
 ひとりぼっちになってしまったかみさまはさみしくて、なみだをながさずにはいられませんでした。みっかみばんかみさまがなきつづけると、「うみ」ができました。
 それから、かみさまはさみしさをまぎらわせようと「てんし」をつくりました。こんどのそれは、はなからうまれるはねのはえたうつくしい「にんげん」のようなすがたのいきものです。
 たくさんのてんしにかこまれさみしくなくなったかみさまは、「さみしさ」や「かなしみ」をまとめてしたのせかいへとすてました。それはかみさまにはもう、いらないものだったのです。
 さみしさをわすれたかみさまはちじょうにいるふたりがさみしくないようにと、たくさんの「どうぶつ」をつくりました。こうして、せかいはかんせいしました。
 しかし、へいわはながくはつづきませんでした。かみさまがすてたかんじょうから、わるいまものがうまれたのです。それが、まおうです。まおうはひにひにちからをつけていき、とうとうちじょうのせかいがやみにおおわれようとしました。そんなときです。イヴが、ひとりでまおうのもとへといきました。そして、まおうをたおしせかいにひかりをとりもどしました。しかし、イヴはそのあと、アダムのもとへとかえってくることはありませんでした。


 そんな文章のあとに魔法を使える人間のことについても書かれているが、そちらには興味がない。天音は、自分が「神に愛されし子」だと告げられてから、その役目を知ってから、この文章の見方が変わった。
 神さえ余計なことをしなければ、とおもうようになったのだ。
 ――だって、最初のイヴは、ほんとうは魔王を倒しにいきたくなんてなかったのだ。なのに、愛する者――アダムと、その子どもを守るために自らを犠牲にするしかなかった。世界を救いたかったわけじゃない。そうでもしないと大切なものを守ることができないから、そうしただけだ。
 気まぐれに、神が人間なんてつくらなければ。初めから、天使だけをつくっていれば。そのときは自分もうまれおちることはなかったのかもしれないが、それでもかまわなかった。――イヴの魂を持つ者が、永遠に神の業を背負わされるくらいなら。
 確かに、そんなふうにおもうところもある。けれど、過去の記憶は想像以上に自身に影響を与えた。
 イヴは皆、だれかを愛し、その人物のために決断をした。世界を救うか、滅ぼすかの決断を。それらの想いを踏みにじり、さらには世界を見捨てるなんて選択は、天音にはできそうになかった。
 過去を覗き見ることはできても、そのひとたちの心まで覗き込むことはできない。かつて使命を放棄したイヴは、どんなきもちでいたのか――、天音はずっと、知りたくてたまらなかった。



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