天使なんかじゃない | ナノ




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 地属性の精霊、クロトに頼んで焔との部屋を繋ぐ扉をつくってもらったはいいものの、それが活用される日はしばらく訪れなかった。どうやら、焔は家の用事やらなんやらで学園を留守にすることもすくなくはないようなのだ。生徒たちがそういう情報に敏感で、いやでもそれらの話は天音の耳に入ってきた。
 智博と響とは、なんだかんだでうまく――と言えるのかはわからないが――やっている。親衛隊に話をつけてくれたのか、いやがらせを受けることもなかった。
 敵意は未だに向けられることがあるものの、そこそこ平和な日々を送っていたのだが、五月に入ってからここ数日のあいだ、天音は面倒な人間につきまとわれていた。
「天音さま!」
「……はあ、またあなたですか……」
 休み時間、手洗いにいったあと廊下で呼びとめてきたのは三年生の、親衛隊持ちの美しいひとだ。名前は、笈川柩(おいかわひつぎ)。何度も名乗られたせでいやでも覚えてしまった。天音は最近、彼にしつこく「お願い」をされているのだ。その、内容とは――。
「今日こそ親衛隊の発足を認めていただきますからね!」
 ――というものだった。
 なぜ自分に親衛隊が、と天音は甚だ疑問だった。
 自分で言うのもなんだが、顔はいい。属性も六つと、羨ましがられる数を所持している。けれど、それだけだ。ほんとうの実力を知らない生徒は、天音をおちこぼれだとひそひそ囁いている。知識は豊富で筆記テストの点は高くとも、実技では赤点すれすれというような結果ばかり出しているためだ。
 勘違いしているやつらには勘違いさせておけばいいとおもっている天音は弁解するつもりはないし、わかってもらいたいともおもわない。――どうせ、この学園にいる時間は限られているのだから。
「……あの、親衛隊って……、結成できるほど人数が集まってるんですか」
「ようやく話を聞く気になっていただけました!?」
 あなたがしつこすぎるんで、とは声にできず、「とりあえず話だけでも聞いておこうかと」と無難な返しをした。
「でっ、では! あの、天音さまの隊に入隊希望を出している生徒を集めておきますので、よろしければ皆とお昼休みに会っていただけませんか!?」
 必死すぎて断りづらい。気は進まなかったが、毎日ひとりになるたびにひきとめられてはたまったものではない。ここらで一度、はっきりさせておかなければと天音は考えた。――そこで、ふと気づく。上記で述べたように、柩には親衛隊がある。それは、この話を智博にしたときに教えてもらったのでおそらく間違いはないだろう。そんな生徒に隊をつくりたいとしつこく迫られてはいたが、制裁は受けなかった。柩が天音のところにやってくるのは、周りにひとがほとんどいないときだけなのだ。親衛隊に話をつけ、かつ必要以上に被害がないようじゅうぶんすぎるほど気を遣って接触してくれていたのだと、天音はそのときようやく察した。
 どうしてそこまでして自分の親衛隊なんてつくりたいんだろう。
 果てしなく謎だった。その理由に興味が湧いたというのもあり、「わかりました」と頷いた。
「わ、わあ……! ありがとうございます! では、多目的教室Eにてお待ちしております。お迎えにあがれたらいいのですが、騒ぎになってしまうかもしれないので……、申し訳ありませんが昼食後に校内の地図を見て、教室までいらしていただけますか?」
「はい、それでだいじょうぶです」
「では、お昼休みに、また!」
 頭をさげ、すばやく去っていった柩に感心し、天音も教室へと戻り、そうして迎えた昼休み。
「関、明石、ご飯食べたあとおれちょっと用があるから出てくる」
「呼び出しとかじゃないよな?」
 心配げに智博が訊ねてきたので、「違う」と否定すればほっとしたような表情をして「ならいいんだ」と言った。
「えー! 今日こそは神条と一緒に訓練室いきたかったのに!」
 実技は初めて尽くしのことが多く、成績は下から数えたほうが――というかSクラスでは確実に最下位だというのに、響はなにか感じるものがあるのか執拗に天音と魔法の訓練をしたがる。勘のいいやつはこれだから厄介なんだ、とおもいつつ「また今度な」と平静を装って返した。
 上から順に食堂のメニューを頼んでいる天音は現在和食ゾーンに入っていた。定食から始まり丼物、そば、うどんと続いている。人目につかないよう自室に戻るのはおもいのほか面倒で、智博と響と約束をしていなければ夕飯を抜くこともざらにあった。朝も、食欲が湧かなければ食べないことも多々あるので、天音がきちんと食事をとっているのは実質、昼だけなのである。けれど、空腹に襲われたり体調を崩したりすることはない。これもまた、膨大な魔力を得てしまったが故の現象だった。
 食べなくてもいきていける天音の胃袋は当然のごとく小さく、定食など頼もうものなら腹が破裂してしまうのではないかと心配になりそうだったが、幸いにもこの学園のメニューには、小中大を選ぶことができるシステムがあるのだ。サラダばかりを食べていたときは必要のなかったそれを、定食を注文するようになってからはフル活用するようになっていた。
 さっさと食事を終えてふたりに「いってくる」と声をかけ、天音は柩に言われた多目的教室Eへと向かうことにした。
 カードキーは部屋の鍵だったり財布変わりになったりするが、それ以外にも様々な用途があるのだと智博に教わっていた天音は、さっそくその教えを活かすときがきたなとカードを裏返す。指でつるりとした表面をなぞれば携帯電話のようなメニュー画面が現れる。そこから「校内見取図」という欄を選択すると見取図が表示され、多目的教室Eを探せば、それが三階にあることがわかった。
 カードキーは自分で使いやすいようにカスタマイズすることが可能で、電話の機能も入れることができ、携帯の代わりにしている生徒もいるのだそうだ。ただし、初めからある機能は魔力がなくとも使用できるが、あとから追加した機能は所持者の魔力がなければ使えない。
 それにしたって便利すぎるだろうとおもいながらそれをポケットに戻し、天音はたどりついた教室の扉をノックした。
「はっ、はい! どうぞ!」
 うわずった声に中に入るよう促され、ノブを掴んでドアをひらく。すると、そこには柩を加え二十数名ほどの生徒がいた。
「お待ちしてました、天音さま!」
「え……、隊員になりたいってひと、こんなにいるんですか」
 予想以上の人数に、天音は驚きを隠せなかった。



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