天使なんかじゃない | ナノ


「うん、ごめん」
「いや、謝んなくていいんだけど……」
 ふたりは顔を見合せたのち、呆れることもなく説明をしてくれた。
「書記の水落さんの家は水属性の精霊と永続契約を結んでいて、複数の属性持ちの子が多くうまれてくる家だし、会計の木之下さんの家は風属性の精霊と、副会長の進藤さんの家は闇属性の精霊とそれぞれ永続契約を結んでる」
 なんでそんなことまで知ってるのだろう、と不思議におもったのは一瞬。すぐに、それだけ彼らの家がでかいのだと気づいた。
「――で、会長の神保さんの家だけど、あそこはほんとうにとくべつ。一族の者ほとんどが四属性持ち以上で、うまれたこどもの属性が三つ以下だと養子に出されるって噂もある」
「え……」
 待ってくれ、と天音は言いかけた。焔の持つ属性の数を、知っていたからだ。
「会長は――、神保家では異端だ。属性は炎しか所持していない。それなのに『神保』ってことは、養子云々の話はただの噂に過ぎないって判断できなくもないけど……、実際のところはわからない。会長が優秀だったから連れ戻されただけなのかもしれないし」
 この学園には、神保がもうひとりいるのだという。だが、その人物は生徒会入りはしていないし、四つの属性を持ってはいるが「それだけ」なのだそうだ。
 力を使いこなすこともできていないくせに、偉そうにふんぞり返っているような、そんなタイプなのだろうと天音は予想する。そしてそれはおそらく、外れていない。
 今日みたいなことがないように焔とも一度、話をしなければならない。さっそく金のカードが役にたちそうだと、このときばかりは諸悪の根源である理事長に感謝しかけた。が、すぐにこれもすべて彼のせいだということをおもい出し、そのきもちは萎んでしまったのだった。


 ****


 午後の授業は一般的な教養を身につけるもので固まっているらしい。数学、古典、英語と時間割に並んでいる文字を眺め、これまた暇になりそうだなあと天音は込みあげてくるあくびを噛み殺した。
 世界を裏から支配しているのは魔法使いであるのは否定しようのない事実だが、将来、上に立つ立たないにかかわらず、ばかではどうしようもない。ふつうの人間に紛れて生活することになるかもしれないし、こういった勉強も必要なのだ。ちなみに、天音はすべての教科を高校卒業程度の内容までは学んでいる。なので、改めて同じことを教えられることになる。天音にとってそれらの授業は復習をするようなものでしかなく、暇になりそうだとぼやいたのはそういう理由があってのことだった。
 ――ほんとうに、なんのために自分はここにいるのか。
 天音はなぜ学校などというところにきてしまったのかとすこしだけ後悔し、そして午後のあたたかな陽気に誘われるがまま、まどろんだのだった。




「神条ー」
「ん……」
「いいかげん起きろって。もう今日の授業終わったぞ?」
 智博と響の声がし、その言葉が脳まで時間をかけて到達し、それからようやくその意味を理解した天音はゆっくりと瞼をあげた。
「……寝すぎた」
「いやいや、『寝すぎた』じゃないから。どんだけ起こしても目ぇ覚まさないってどういうことだよ……」
 智博が呆れたように零しているが、起きる気がなかったのだからしかたない。
「おれら、寮戻るけど神条はどうする?」
「ああ……、おれも戻――いや、やっぱりすこし校内を歩いてから帰る」
 案内しようか、というふたりの申し出を断り、天音はひとがいなさそうな教室を探すついでに学園の地理を把握しながら歩いていた。
 無駄に広く、部屋数も多い校内の構造にケチをつけたくなるきもちをこらえ、多目的教室Aなどというなにに使うのかもよくわからない教室を見つけ、天音はそこに入った。鍵は、かかっていなかった。というか、鍵のかからない部屋のようだ。
 だれも使用していないようだし、ここを利用させてもらおうか。
 そんなことをおもい、念のため扉にひとの侵入を拒む雷属性の魔法をかけ、姿を消すためにふたたび魔力を使った。
「こんなもんか……」
 自分で自分の体を見ても透けるわけではないので今の状態がよくわからないのだが、念のため透過の魔法を二重にかけたので気づかれることはない――はずだ。
 窓から静かに外へと出れば、なまぬるい空気が全身を撫でた。
「ちょ、勘弁して……」
 これは自然な現象ではない。意図的に、天音に不快感を与えようと起こされたものだった。
 ――拗ねているのだ。精霊が。
 各属性には得意な分野があって、精霊にも性格がある。精霊は、一人――と表現するのはおかしいかもしれないが――ではないのだ。人間と同じようにひとのかたちをとり、存在している。ただ、それを一般人は目にすることができないだけだ。彼らとの仲が深まれば目視できるようになるも、声を交えた会話をすることができるかどうかは才能の問題なので、またべつの話になるのだが。
 土は穏やか、雷はやんちゃ、水はひかえめ、炎は激しく、風はやさしく、光は真面目、闇は不真面目。おおざっぱにわけるとだいたい精霊たちの性格はこのようにわかれている。
 また、各属性によって使用する場面が異なる。たとえば、土はサポート系の魔法が主で、雷は攻撃のほかにトラップなどの小技がきくし、水は攻撃には向いていないが、汎用性はかなりひろい。風はバランスがとれていて、使い勝手がいい。光は癒しや浄化の能力が高く、闇は雷に似たようなものである。そして、炎はといえば。――攻撃には絶大な力を発揮するものの、日常的に使用するのに向いている魔法はほとんどないのである。ゆえに、平和なときにはほとんど炎属性の魔法を使うことはないのだ。
 しばらく協力を求めずにいると、精霊が寂しがってちょっかいを出してくるというわけである。
「部屋に戻ったらすこし魔法で遊んであげるから、このきもちわるい空気まとわせるのやめて……」
 心底いやそうにそう告げればうれしそうに笑い、炎の精霊――アシュカは天音にちょっかいをかけるのをやめた。
 すれ違う人々にぶつからないよう注意しながら寮に戻り、部屋に窓から入る。
 遊ぶ、とはいったものの部屋を炎だらけにするわけにもいかないし、どうしたものか、と天音は思案した。
「……蝋燭とかないのか?」
 蝋燭をテーブルに並ぶだけ並べて、火をつけるだけでアシュカは満足するだろうが、そもそも蝋燭がない。代わりになるものはないだろうかとまったく確認していなかった寝室とリビングにある棚の中をあけて見てみると、入浴剤やアロマキャンドルが詰め込まれているのを発見し、なんでこんなものがあるんだ、と唸りつつそれをいくつか出して机においた。
 すい、と指を横にスライドさせて燃えろ、と念じれば火がともり、あまいかおりで室内が満たされた。



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