天使なんかじゃない | ナノ


 昂輝の目論見では、詠唱学で天音の実力を見せつけ皆を納得させるつもりだったのかもしれない。まあ、見事に失敗したのだが。
「で、でも一応おれのところはわりと穏健なほうだし、話せばわかってくれるとおもう」
 この様子だと響にも親衛隊がありそうだな、とおもっていると「あの、それでさ……」と言いにくそうに智博が天音が予想した通りのことを告げてきた。
 智博は青い髪に切れ長の目が印象的な、おちついた雰囲気を持つ長身の美形だし、響も背は平均程度だが赤い髪に中性的なととのった顔をした美しい少年だ。どちらにも親衛隊がいてもおかしくない。
 まあ、そんなもの天音にとってはどうでもいいことだ。万が一にもひどい目に合うなんてことはありえないし、めんどうになったら智博たちから離れればいい。
「……まあ、なんとかなるでしょ」
 心配そうな表情をしている智博にそう言えば、ますます心配だ、というような顔をされる。先ほどの散々だった詠唱を聞いてしまえば、それも仕方ないことなのかもしれないが。
「ひー! 終わんない! 終わんないよトモぉ!」
 響が泣き言を口にし始めたころ、会話を切って智博が彼のプリントの空欄を埋める手助けを始めた。授業の時間は残りわずかだったので、天音はそのままここでの過ごしかたについて思案することにした。
 目下の悩みは、登下校の方法である。
 エレベーターで堂々と九階の上り下りを繰り返すのは、学園中の生徒にケンカを売っているような行為になるだろう。カードキーの色はごまかせても、そのカードの機能までを魔法で変えることはできない。どんなに留意していても、エレベーターを使えば使うほど、生徒会フロアに天音の部屋があることがばれる可能性は高くなっていく。確認してはいないけれど、寮にも階段があるはずだ。こちらのほうが生徒の使用頻度は低いに違いない。しかし、どちらを使用しても結局リスクがあることには変わりがなかった。
 手間はかかるが、帰りはどこかのあき教室で一旦姿が見えなくなるようにし、外から飛んで自室の窓から部屋に戻るのがよさそうだ。朝は部屋で透過の魔法を使い、外に出てしまって散歩でもしていたという体でなにくわぬ顔をして中に入り、朝食をとればいい。
 めんどうになったら最悪、なにも食べずとも支障はないし、これはなかなかいい案なんじゃないか? と自画自賛していると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。プリントが端からどんどん回収されていき、響が自分のそれが集められる前にと慌ててペンを動かす。
「うわーっ! ぎりぎり! 終わった! 合ってるかはわかんないけど!」
 やっと解放されたー!
 そう叫んで体を伸ばす響に「お疲れ」と智博が笑いかけた。
「ご飯だご飯だー! 神条も食堂いく?」
「ああ、うん……」
 昼休みに入ったことが相当うれしいのか、はしゃぐ響の勢いに圧され、なにも考えていなかった天音はつい、問いに頷いてしまう。
「じゃあ一緒にいこ! おれね、今日はビーフステーキ丼頼むんだー!」
「野菜も食えよ」
「トモはおれのかーちゃんか!」
 軽快なやりとりについていけず、ふたりを眺めつつあとをついていけば、さほど歩かぬうちに一階にある食堂にたどりついた。
 三人で食堂に入ればきゃあっとほんとうにおとこの声かと疑いたくなるような黄色い声があちこちからあがり、智博と響の人気を天音は実感させられた。
 容姿に関しては天音も異常なほどととのっているが、憧れを通り越していっそ崇拝すらされているらしい焔に近づいたことがわるかったようで、「会長さまだけじゃなく、関さまと明石さままでたぶらかすなんて……!」と憤っている人物がちらほら見受けられる。たぶん、親衛隊ができればこういうことはなくなるのだろう。いなければいないで面倒なのだな、とおもうも、べつにつくってほしいわけではない。
 混んではいるが席があいていないこともなく、四人がけのテーブルにつき、さっそく注文をする。
 響は宣言通りビーフステーキ丼にサラダとスープのセットを、智博は日替わり定食、天音はトマトサラダを頼んだ。
「神条それしか食わねーの!? 腹すきすぎて倒れたりしねえ!?」
「ん、へいき」
「ふえ……。信じらんね……。おれなんて昼にめいっぱい食べても午後の授業が終わるまでに間食挟まねーと腹が鳴ってやばいことになるのに……」
「響は燃費がわるいからなあ」
 いつもポケットに飴やらチョコレートやらを忍ばせているという響は、ほっそりした体からは想像もできないほどよく食べるらしい。天音と智博がゆっくり昼食を口に運んでいるあいだに颯爽と丼物を平らげ、彼はデザートを追加注文していた。
 生クリームがたっぷり乗っかったパンケーキに、フルーツの盛り合わせ。フォークとナイフを使ってひょいひょいと響が胃の中にそれらを放り込んでいく様子を眺めているだけで、天音の腹はいっぱいになった。智博は馴れているのか、その光景を微笑ましそうに見ながらも、提案する。
「あんまり長居すると生徒会のひとたちがくるかもしれないから、はやめに教室に戻ろうか」
「んっ、そうだな。すぐ食うよ」
 きちんと口の中のものを飲み込んでから返事をし、その後響は瞬く間に皿にあったデザートを完食した。
「そんなに気を遣ってくれなくていいんだけど……」
「役員のひとたちは騒がしい昼休みの時間帯に食事をするのは避けることが多いから杞憂だとはおもうんだけど、神条は会長に気に入られてるみたいだし……。一応、用心するに越したことはないだろ?」
 なんというか、智博はかなり親切な人間なのだなと、天音は感心してしまう。今時滅多にいない絶滅危惧種のような存在だとすらおもった。
「それはまあ、そうだけど……」
 ふたりはそれでいいのか? という台詞を暗にほのめかすと、「いいよ」とでもいうように智博も響も、いやな顔ひとつせずうなずいた。
 厚意にあまえて響が食事を終えると三人ですぐに食堂を出て、教室へと戻った。
 ――のはいいが、することがない。
「なあ、朝あんま話できなかったから、いろいろ聞いてもいい?」
 暇なので、まあいいか、と了承すれば「おれ、ずっと気になってたんだけど、理事長のお気に入りってなに?」と響に訊ねられ、軽率な発言をした昂輝を恨んだ。
「言葉の通りだよ。理事長とはちょっとした知り合いなんだ。お気に入りっていうのはなんか腑におちないけど」
「理事長と知り合いって……、それはそれですげーよ」
 彼は「観察者」だ。この世界でもそれなりに高い地位にいる人物なのだろう。天音はひろい屋敷でずっとひとりで生活していたため、外のことには疎かった。おそらく焔や優の家も相当な名家なのだろうが、「神保」も「進藤」も天音にとってはただの名前でしかない。けれど、この学園で過ごすには無知なままではよくないのだろう。
「……あのさ、会長とか副会長とか……ほかの役員のひとの家って、やっぱりすごいの?」
 これも勉強だ、と恥を忍んで問えば、「え、まじで言ってる?」と驚かれた。



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