天使なんかじゃない | ナノ




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 三時間目の授業は、担当の教師が出張のため、自習だった。
 課題として配られた三枚のプリントは難易度がすこし高いようで、うんうん唸りながら教科書と参考書を片手ににらめっこをしている生徒もすくなくはなかった。そんな中、天音は颯爽と空欄を埋め、暇になった。この学園のことについていろいろ聞きたいこともあるし、智博か響が課題を終えるまでふたりを観察していようと視線を動かそうとしたところ、「ねえ」と話しかけられた。
「?」
 振り向けば、そこにいたのは気位の高い猫を彷彿とさせる容貌の男子。もとからつりあがっているらしい目をさらにつりあげ、彼は威勢よく突っかかってきた。
「きみ、この学園のことぜんっぜんわかってないみたいだから忠告してあげるけど、会長さまには話しかけるのはもちろん、気安く近づくことすら一般生徒にはゆるされてないの。今日みたいなことがまたあったら、どうなっても知らないから」
「……忠告どうも。気をつけるよ」
 素直にその言葉を受けとると、一瞬呆気にとられたような表情をしたのち、彼は席に戻っていった。
「あー……」
 智博の声がしたので振り返れば、気まずげに視線をうろつかせるおとこの様子が目に入った。
「関?」
「神条、なんであんなこと言われるのかよくわかってないよな? ごめん、プリントすぐに終わらせて色々説明するから、ちょっと待ってて」
 昂輝の人選は間違ってなかったな、と天音はぼんやりおもう。
 響は実技のほうは優秀らしいが、筆記は得意ではないようだ。智博と天音のやりとりに気づきもせず、ひとり唸っている。
 数分後、空欄をすべて埋めた智博が天音の座っている方向に向きなおり、「なにから話せばいいんだ……」とぼやくところから始めた。
「えっと、この学園のことはどこまで知ってる?」
「ホモばっか、顔がいいやつが人気、生徒会がその筆頭、魔力が強いやつが優遇されてる、……このくらい?」
 ううっ、あたってる、あたってるけどほかにもっと言いかたがあっただろ……。
 そう困ったように呟き、一度咳払いをして智博は改めて話を始めた。
「えっと、まず生徒会についてだけど、役員はだいたいが家柄と容姿の二拍子が揃ってるひとたちの集まりだ。役員選挙もほとんど人気投票と変わらないから、生徒会が生徒たちから絶大な人気を誇っていることは神条も知ってるよな」
 まあ、そのことについては実際は今日食堂で気づいたのだが、わざわざ申告する必要はないだろうと黙っておくことにする。
「だからさ、生徒会に好意をいだいてる生徒がむやみやたらに接触したりしないよう、親衛隊ってのがあるんだよ」
「親衛隊……?」
「ま、過激なファンみたいなもん。事実、親衛隊がそういうのをとりしきってくれないと人気がある生徒はまともに生活できないから、いなきゃいないで困る存在なんだ。ちなみに、さっき神条に忠告してきたのは会長のとこの一年まとめてるけっこう偉い隊員」
 はあ、と気のない返事しかできないのは、天音が想像していた「学校」というものと、この学園がかけ離れすぎていたからだった。
「おれは現場を見てたわけじゃないからよくわからないんだけど、朝、食堂で会長とご飯食べながら話したんだって? それ、親衛隊からしたら完全にアウトな行為なんだよ。編入してきたばっかだから大目に見てもらえたけど、次からは気をつけたほうがいい」
「……ちなみに、また会長と接触した場合、おれ、どんな目に合うの?」
「…………よくてリンチ、最悪強姦…………」
 青い顔をして囁くように告げてくる智博に、眉が寄る。
 どうなってるんだこの学園は、と不快感をあらわにするも、すぐにそれをひっ込め、もうひとつ質問を口にする。
「あのさ、カードキーの色ってみんな違うわけ?」
「あれ、パンフレット読んでないのか?」
「分厚すぎて読む気が起きなかった」
 確かに厚いよな、あれ。
 苦笑しながらも智博は親切に教えてくれる。
「カードキーは、全部で五種類。罰則を受けた生徒が持たされるブラック、一般生徒が持つホワイト、成績優良者に与えられるブロンズ、生徒会役員と風紀の委員長と副委員長が所持するシルバー、そして、この学園で理事長にその力を認められた者のみが持つことのできる、ゴールド」
 ――この学園で理事長にその力を認められた者のみが持つことのできる、ゴールド。
 智博が放ったその一文を脳内で反芻させると、天音は今すぐ理事長を殴りたくて仕方なくなった。
 部屋の場所もだが、カードの色もばれたら大騒ぎになること間違いなしだ。
 入学前、穏便に過ごしたいと天音は彼に告げた。けれど、あのひとは初めからそれを聞き入れる気などなかったのだと知る。
「それぞれ効力も違うんだ。ブラックは授業のとき以外魔法が使えなくなるし、ホワイトは適度な制限がかかってる。ブロンズも制限に関してはホワイトとあんま変わらないんだけど、校内の施設を半額で使用することが可能だし、ほかにも優遇されてる部分が多々ある。Sクラスのやつらのカードキーはだいだいブロンズだな」
 いいことを聞いた、と天音はこっそりと水属性の魔法を発動し、カードキーの色がブロンズに見えるよう細工をした。これでカードを見られてもだいじょうぶだ。朝はあまり気にせず食堂で使用してしまったが、ひとはわりとすくなかったし手元を凝視していた生徒などはいなかっただろうし、まあ心配はいらないだろう。
「で、シルバーになるとだいぶ魔法の制限がなくなるし、施設の利用もタダになる。けど、正直なとこ役職持ちのひとたちは忙しくて食堂の注文が無料になるのと授業免除の特権くらいしか使う機会はないとおもう」
 銀でここまで至れり尽くせりなのに、その上のゴールドはどうなるのか。聞きたいような聞きたくないような、複雑なきもちになっている天音のことなどつゆ知らず、智博は続けた。
「最後にゴールドだけど、これはほんとにとくべつっていうか、魔法の制限自体がかかってないし、シルバーの特権に加えて生徒が立ち入り禁止の区域にも入れるし、カードがマスターキーの役目も担ってるから校舎のどこでも寮の部屋でも出入り可能。まあ、実際に持ってるのは会長だけだし、五年にひとり生徒がいればいいほうだってくらいゴールドカード持ちはレアらしいけど」
 いろいろ突っ込みたいところは多々あるが、これがここの常識なのだと天音は自身に言い聞かせ、「詳しく説明してくれてありがとう」と智博にお礼を述べた。どういたしまして、と微笑む彼はお世辞なしにかっこよくて、そのとき天音は先ほど教えてもらったばかりの親衛隊の存在をおもい出した。
「…………あのさ、もしかして関にも親衛隊ある?」
 目を見ひらき、ためらったのち、おとこは「ごめん、ある」とうなずいた。そこで、智博が初めに昂輝によって天音の世話係に任命された際に戸惑っていた理由がわかった気がした。
 天音が学園にやってきたばかりでなにもわからないとはいえ、親衛隊持ちの生徒をつければ必ず敵意をぶつけられる。それがわかっていながら昂輝はなぜ――と、疑問をいだいていたのだろう。



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