天使なんかじゃない | ナノ


 重い足どりで関という男子の隣へと移動すれば、あちらも困ったような表情を浮かべていた。
「迷惑かもしれないけど、この学園に馴れるまでのあいだ、よろしく」
「あっいや、迷惑だなんてそんな……。おれ、関智博(せきともひろ)。よろしくな、神条」
 うん、と返して椅子に腰をおろせば、ショートホームルームが始まる。昂輝がなにやら連絡事項をいくつか伝え、それはすぐに終わった。
「じゃ、一限始まるまで自由にしてろ」
 そう言って彼が出ていくと、智博ではなくその隣にいた生徒から話しかけられた。
「なあなあ、おれ、トモの親友の明石響(あけいしひびき)! 神条って、属性なに? 何個持ってんの? あっ、ちなみにおれはね、炎と雷と闇の三つ!」
 突然の質問に怯むも、「えっと、属性は一応闇以外のぜんぶ持ってる」と答える。すると、教室全体が天音がここに足を踏み入れた瞬間よりもひどく騒がしくなった。
「えっ、まじ……? それは、すごいな。五属性持ちも、この学園には片手で数えられるくらいしかいないぞ」
 やべー! 神条すげー! ときらきらした目でこちらを見つめてくる響と、唖然とした表情でそう零す智博。
 ちなみに智博は風と水と土の三つの属性持ちらしい。
 そこから話が膨らみ、じゃあひとり部屋? と聞かれ「まあ、」と濁せば、だよなーと響がうんうんうなずく。
 天音が所持している属性の多さに衝撃が走る中、「多ければいいってわけでもないでしょ。使いこなせなきゃ意味ないよ」という台詞がどこからか聞こえてきて、そうなんだよなあ、と天音は密かに相槌を打った。
 響がふたたび質問をしようとしたところで、長い髪を後ろで団子にし、細い銀のフレームの眼鏡をかけた教師が教室に入ってきたため、皆が私語を一斉にやめた。
「起立、礼!」
 このクラスのリーダーらしき人物がそう号令をかけ、よろしくお願いしますという単語が全員の口から放たれる。そして教師が同じようによろしくお願いします、と口にしたところで、「着席」という指示が出された。
「今日は前回の続きからです。教科書の十二ページをひらいてください」
 今がなんの授業の時間なのかすらわからない天音はそっとあたりを見回し、時間割を探した。すぐに見つかったそれには「魔法学」と書かれていた。
「おれの教科書見ていいから」
 横から智博にそう声をかけられ、お礼を述べつつテキストを覗き込む。そこには魔法のなりたちや歴史などが細かく書かれていた。
 自分にはまったく必要のない、すでに知っていることばかりのそれに興味が削がれるのははやかった。皆が一生懸命教科書に線をひいたり黒板に書かれた文字を写したりしているのをぼんやり眺めていれば、その授業はあっという間に終わってしまった。
 鐘の音が鳴り、開始のときと同様に挨拶をし、教師が出ていくと生徒たちがいそいそと立ちあがり始めた。
「?」
 不思議におもって頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、「次は詠唱学の授業だから、教室を移動するんだ」と智博が説明してくれた。なにやらとくべつな部屋でやる授業らしい。しかも皆、待ちきれないと言わんばかりに浮き足だっている。
「詠唱学は習った魔法をすぐに試せるからなあ。魔法が使える授業ってあんま多くないから、みんな楽しみにしてるんだよ」
「へえ」
 詠唱、と聞くといやな予感しかしなかったが、初っぱなからサボるわけにもいかない。
 やる気満々の響、ほかの生徒よりはおちついているものの、やはりどこか期待している様子の智博に続き、天音は歩を進める。
 数分歩いたところで「実技の間」というプレートがさげられている教室へとたどりついた。
 中に入ればそこにはすでに担任の昂輝がいて、生徒たちと楽しそうに会話をしていた。そして、時間がくると挨拶もなしに「じゃあ始めっかー」と授業を開始した。
「今日も基礎の復習からだ。中等部にいたころにも習った詠唱だが、たまに間違って覚えてるやつがいるからな、ここで完璧にしとけ」
 またもや教科書を見せてもらいつつ、天音はその内容に感心した。
 魔法というものは、七つの属性、それぞれを司る精霊たちから力を借りることによって使うことができるものだ。簡単な魔法ならば、とくに詠唱は必要ない。自分の魔力を捧げることにより、魔法を発動することが可能だ。しかし、強大な魔法ともなればそうはいかない。
 詠唱というのはそもそも、自分の集中力を高め魔力をひき出すというのが第一の目的なのである。そして、第二の目的は精霊に力を貸してもらうということ。
 言語になっていない、常人からしたらよくわからない文字の羅列は、精霊が好きな発音をうまい具合に並べたものなのだ。それを覚え、詠唱することによってふだんは自由に使うことのできない自身の魔力を、精霊の手助けによってふるうことができるようになるという仕組みだ。
「……みんな、こんなめんどうな文章覚えてるのか」
「ああ、そうか。神条は編入生だもんな。今まで詠唱とは縁がなかったのか。詠唱は、馴れれば省略することも可能になるけど、最初のうちは丸暗記するしかないんだ」
 心底いやそうな表情で「うえ」と呻き声のようなものを洩らす天音を、昂輝が呼ぶ。
「神条! ちょっとこい!」
「…………」
 いきたくないが、いかないわけにもいかないのでのろのろ彼のもとへと向かえば、教科書を渡され「ここの詠唱をとなえてみろ」と言われた。
 文字が読めないわけではない。だが、カタカナと促音、撥音ばかりで死ぬほど読みにくい。
 まさしく呪文と呼ぶにふさわしいそれを一字一句間違うことなく記憶している彼らを心の底から尊敬した。そして、教科書にある一文をむりやり詠唱しきった。――すると。
「……っ!」
 光属性の魔法が発動し、天音の正面にちいさな掌サイズの盾が現れた。
 室内は、沈黙した。そして、すぐにばかにするような笑い声で満たされる。
「ちょ、あのサイズはないわ」
「ぼく、あんなひどい魔法初めて見た」
「こどもだって、あれよりはましな詠唱できるよ……」
 憐れむ者すらもいて、予想していた結果に遠い目をするしかない。反対に、昂輝は焦ったように「えええ? なんでだよ?」と耳打ちしてくる。
「……だって、今まで詠唱なんて『必要なかった』んだから、しかたないでしょう」
 天音の言葉にはっとし、なぜこんなことになったのか、その原因を察したおとこは顔の半分を覆い、「あちゃー……」と漫画に出てきそうな台詞を口にして天を仰いだ。
「……わるかった。これは、おれのミスだ。神条に詠唱学に出席する意味はないから、自由参加にしておく。出たいときだけきてくれ」
「……まあ、できる限りは出席しますよ。せっかくだし」
 ひそひそと小声で会話を交わしたのち、昂輝は「静まれ!」と大きな声をあげた。
「笑ってんじゃねー。まともに教えられてないことを最初からできるやつなんていないだろ。おまえらだって、計算の仕方を教えてもらわなきゃ分数の計算なんてできなかっただろ? 詠唱もそれと同じだ」
 覚えてるやつが有利なだけなのだと、天音の失態を庇うような発言をする昂輝に、生徒たちは反論こそしないものの、納得しているわけでもなかった。
 理事長のお気に入りだかなんだか知らないけど、なんでSクラスにいるんだか。
 どうせおきれいな顔と体を使ってとり入ったんでしょ。
 そんな声が聞こえてくるようだった。
 学園生活一日目、しかもふたつめの授業にしてすでに登校拒否をしたくてたまらなくなり、天音はずっと我慢をしていたため息を実際に口から盛大に吐き出したのだった。



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