いち

 ついに、彼氏ができてしまった。
 そう、おれが打ち明けたのは元カノの真知子(まちこ)だ。
「えっ、なに、どういうこと?」
 つい最近あった出来事をかいつまんで説明すれば、心配そうな表情で訊ねられる。
「だいじょうぶなの? 正直、そのおとこ危ないひとにしかおもえないんだけど……」
  彼女のきもちは、いやというほどわかった。というか、おれもあいつはやばいやつだとおもう。――でも。
「えっちが、さあ」
「は?」
「すげーよかったんだよ……。ちょっと、手放しがたいくらい」
 なんじゃそりゃ、と返され、恥ずかしくなって机におでこを自らぶつける。
 初体験だというのに乱れまくって、きもちよくなってしまった自分はやはり淫乱なのだろうか、と悩んだのは一瞬だった。
 考えるのが面倒になったのだ。
 淫乱でもそうでなくても、堅一と体の相性がいいことに変わりはないし、ほかのおとこを探すよりは、たとえドがつく変態であっても靴を舐めろと命令すればよろこんでそれに従いそうなあいつで妥協したほうが楽だった。
 大学二年生、マンションにひとり暮らし、アルバイトをしていて自由に使える金もそこそこある。
 おれが知っている「堅一」の情報はこれだけだが、とくに問題はない。
 セックスをする場所には困らないし、デートはすべて奢らせ、買い物でもある程度払ってもらうことができそうだし。
 この、絶世の美少女(美少年ともいう)をつれて街を歩けるのだ。それくらいはしてもらわなければ。
 今日も、約束をしている。授業が終わったら堅一がいる大学にいって、あいつと合流して、マンションでセックスする予定なのだ。
 あの日、与えられた快感をまた得られるのかとおもうと、期待にぞわりと背筋が震えた。
「ま、愚痴ならいつでも聞いたげるから」
「ん……、ありがと」
 はあ、と吐き出した息には、ばかみたいに熱がこもっていた。


 ****


 無口でなにを考えているのかわからないが、顔がわりとととのっているおかげで女子からは人気があるという憎らしき親友に、なんと恋人ができたらしい。しかも、それがすこし前から片想いをしていた相手だと聞かされれば、興奮&心配をせずにはいられなかった。
 堅一とは小学校からの腐れ縁だが、こいつのことは未だに理解しきれていない。基本的なプロフィールと、好きな食べ物がちょっとすっぱめの林檎だということくらいしか知らない気がする。十年くらいつきあいがあるのに、趣味や特技もわからないのだ。というか、そもそもそんなものないのではないか。
 告白をされても「恋人になって、なにをするんだ? それは、意味があることなのか?」とか本気で言う人間だ。こいつ、一生恋愛できないんじゃねーの、とおもっていたのだ。ほんとに、ついさっきまで。
 今日、このあと家に寄らせてと頼んだら「ひとがくるからだめだ」と断られ、「堅一のとこに来客があるのって珍しくね?」と返せば「これから、部屋きたいって言われても断ること多くなるかも」と言われ。これはなにかあるぞ、と予想したところ、見事的中。
「恋人ができた。そいつを、最優先したい」
 ――なんて、信じられないことを告げられたおれは言葉を失った。
 あの! THE☆マイペース人間の堅一に! 自分のことより優先したい人間ができただなんて!
 天変地異でも起こるのではないかと不安になる。
 ひとり勝手にはらはらしていると、講義が終わった。てきぱきと帰り支度をしている理由は、聞かなくてもわかった。恋人を待たせたくないのだろう。
 マンションの近くまでは帰り道が同じだし、ついていってもかまわないはずだと、おれは慌ててノートと教材を鞄につめ込んだ。あわよくば彼女の顔が見れたらいいななんておもっていた。
 ――その願いは、あっという間にかなってしまった。
 さっさと先をいってしまうおとこを追いかけ、エレベーターに乗って一階へとおりる。そして、ロビーを通り外に出ようとしたとき、正門から入ってきたらしい女子のふたり組が「あの子すっごい可愛かったね」「次元が違うわ〜」「だれ待ってるんだろ? 彼氏とか?」「あの子に釣り合うおとことか、そうそういないだろうけどね」なんて会話を交わしていた。おれはもちろん、「可愛い子」に興味を示したが、まさか堅一も反応するとはおもわなかった。だから、眉をひそめたやつにおれは内心首をかしげた。
 元々他人なんて気遣うことなく長い脚ですたこらと歩く堅一が、ふだんよりもさらにスピードをあげて門を目指しているのがわかった。はえーよ! と突っ込みたいのをこらえ、あとに続く。そしてその数十秒後、おれは驚愕した。
「美月」
 堅一が声をかけたおんなのこは、おれの人生で一番まぶしい輝きを放っていたからだ。
 い、意味がわからない。
 テレビで見ないことが不思議で仕方ないくらいに、目の前の少女の美貌は完璧だった。いや、スカウトは散々されているのかもしれない。ただ、毎回断っているだけで。そうでなければ彼女が、一般人であるはずがなかった。
「ごめん、待たせたか?」
「五分くらい」
「――ほんとに、ごめん」
 ――目が飛び出て、顎が外れるんじゃないかってくらいにおれは驚いていた。
 あの堅一が。気を遣っている。たった五分彼女を待たせただけで、焦ったように謝っている。
「……いいよ。で、後ろのひとは? 友達?」
「義友(よしとも)、まだいたのか」
 おれのことをまったくこれっぽっちも気にかけていなかった堅一とは違い、彼女はとてもふつうの思考の持ち主なのだと知る。ますます、ふたりのなれそめが気になった。しかし、ここで邪魔をするような空気が読めない人間ではないおれは「いやっ、あっ、うん、ま、またあしたな!」と、みっともなくどもってその場を去ることしかできなかった。
 視界の端、おれに向かって可愛らしくちょこんとお辞儀をしてくれたミツキちゃんに心臓が壊れそうなほどにどきどきしつつ、走り出した。
 ――後日、彼女がおとこの娘だと知っておれが仰天するのはまた、べつの話。


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