いち

 おれが女装にはまってしまったのは、昔から可愛い可愛いと言われ続け、そこらの女子より蝶よ花よと育てられたせいもあるとおもう。スキンケアにヘアケアも毎日欠かさない、ファッションも化粧の仕方も日々研究していたおれは気づけばレベルの高い女子よりもさらにレベルの高い女装男子になってしまっていた。そんなおれに彼女ができるはずもなく、言い寄ってくるのはおとこばかり。「おれ、おとこなんだけど!?」と何度叫んだことか。そして、男子だとわかり去っていく者もいるのだが、それでもいいからと交際を迫ってくる輩が多いことが、最近の悩みだった。
 いっそ彼氏をつくってしまったほうがいいのでは……? なんて、やばい方向に思考が向かってしまうことも多々あったが、ケツを掘られる恐怖がまさって正気に戻るところまでがテンプレと化していた。
 高校には完全におれが女装男子ということがばれており、女子の制服を着ていても教師にすら「またおまえか」と呆れられる程度でもはや注意すらされない。だから、たまに朝からセーラー服で登校する日なんかもあるのだが、今日がまさにその日だった。
 朝の満員電車を二十分ほど我慢すれば高校の最寄り駅に着くのだが、この時間が一日の中でなによりつらい。
 一応性別はおとこであるし、女性専用車両に乗るわけにもいかない。近くに不潔な人物がいる場合はその独特なにおいが鼻について、勘弁してくれと叫びたくなる。
 女装していてもしていなくても、痴漢にあうことは日常茶飯事となってしまっていた。だから、べつに助けてもらわなくたってへいきだったのだ。
 本日も身の程知らずのおとこがさわ、と馴れた手つきで尻を撫でてきて、眉を顰めた。その手首を掴んで駅員に突き出してやろうとおもった瞬間、背後で「いたたたっ!」と悲鳴があがる。驚いて振り向くと、小太りしたオヤジの腕を捻りあげているイケメンの大学生らしき人物がいた。
「だいじょうぶか?」
 そう声をかけられ、おれはようやくそのおとこが自分を助けたのだということを察した。
 余計なことしてんじゃねーよ、なんて文句を言えるはずもなく、小さくお礼を口にして目あてでもない駅でおりる。
 痴漢を突き出し、調書をとられて。解放されたころには遅刻が確定していた。まあ、遅延証明書をもらったのでたいしたお叱りは受けずに済むだろう。しかし、このまま女子の制服で登校したら「そんな格好してるからだ」と説教される可能性もあるので、着替えてから登校することに決めた。
「さっきはありがとうございました。わたし、もういきますね」
 なにか言われる前にさっさとわかれてしまおうと小走りでおとこから離れ、トイレに駆け込む。だれかに入るところを見られても、男子の制服を着て出ていけば見間違いだったということで問題にはならない、はず。
 大きな駅なのでお手洗いがきれいなのがまたうれしい。汚い、臭い個室で着替えなんて最悪でしかない。
 肩にかけていたエナメルのバッグにはジャージと制服を入れてあるので、そこからブレザーをとり出す。
 うちの高校はシャツは白か青、スラックスが紺か灰のどちらか好きなほうを着用できるのだが、正装は決まっている。その時だけ変えるのも面倒だからと、おれはシャツは白、スラックスも紺という選択をしていた。
 化粧は濃くないので、シートで粗方とれるだろう。さっと洗顔してタオルで水気をとり、持ち歩いているオールインワンジェルの中身を指にとって皮膚に伸ばす。周りになにしてんだという目で見られても、やめるつもりはない。
「よし」
 鏡で美しい顔を確認し、満足したおれはトイレを出て、学校に向かう――つもりだった。そう、「つもり」だった。それがかなわなかったのは、ふたたび個室に入ることになったからだ。しかも自分の意思ではなく、他人の意思で。
「ちょ、な……!?」
 人間は驚きすぎると声も出なくなるものなんだなと頭のどこかが冷静に考えているが、そんな場合ではない。
 なんだこの状況は。記憶に違いがなければ、わけのわからない行動を起こしたのは先ほど痴漢を捕まえたおとこだ。
 蓋の上に座らされ、呆気にとられ目の前の人物を見あげれば、なかなかイケてる風貌のお兄さんはおれに無理矢理キスをしてきた。
 いや、意味がわからん!!!!
 叫ばなかったのは口を塞がれていたからで、断じて怖かったからとかそんな理由ではない。
 幸いだったのは初めてではなかったという点だ。
 彼女ができないとは言ったが、過去に一度も彼女がいなかったわけではない。キスもセックスもしたけれど、結局「おんな友達とつきあってるみたいで、恋人とはなんか違う」とふられた。けれどそこで縁が切れることはなく、その子とは今も仲がいい。なんていうか、若さ故の過ち的な。冒険してみたかったのだとおもう。彼女も、おれも。
 だからまあ、こんなことは蚊に刺されたくらいのきもちで流すことができる、はずだ。ただ、問題なのはこれだけでは済みそうにないという実状で。
 股間の一物をぎゅっと掴まれると、喉がひっと鳴った。
「……ずっと、見てたんだ。おしとやかそうに見えて強気なとことか、たまんなくて。痴漢を突き出してんのも、何回か見てたんだよ。けど、今日はチャンスだっておもって助けるふりして近づいた」
 唇が離れて自由になったが、握り潰されたらどうしようという想いが邪魔をして声が出せない。どんなに可愛くたって、性別を変える気はないのだ。
「大声出してだれか呼んでもいいけど、犯すのはやめないから。おまえとやれるなら、死んだっていい」
 目がまじだ!
 ぎらつく瞳に本気を感じとり、どう転がっても処女とバイバイすることになるのだとおれは悟った。だったらせめて、痛くないほうがいい。彼氏でもつくるか? なんて考えたこともあるわけだから、おとこ同士のやりかたは一応知っている。
「や、やさしく……」
「うん?」
「い、痛く、しないでください」
 か細い声でそう告げれば、おとこは噛みつくような口づけをしてきて、全然やさしくねえ! と心の中で文句を浴びせかけているうちに、すこし前に着たばかりの制服のズボンをぺろりと脱がされてしまった。
「あー……、くそ、たまんねえ」
 すらりとした脚を包むスキニージーンズの前が窮屈そうに盛りあがっており、なんもしてないのにもう勃ってんのか、と瞠目しているうちにおとこはかがみ、太ももを舐めた。
「ひ、」
 へ、変態くせえ……。
 そうおもっていても言葉にできない煩わしさに、ため息をつきたくなる。
 スカートなんて穿いていても、ランジェリーまで着用しているわけではない。でも、端からはみ出ても困るので下着はボクサータイプを愛用している。今日はチャコールグレーに黒のラインが入ったシンプルなものを身につけているのだが、それをすぐには脱がさずおとこはさわさわと性器を揉みしだいてきた。辛抱たまらん、みたいな表情をしているくせに、おれの頼みをきくために頑張っているのだろうか。そんなことでこいつのことを見なおしたりはできないのだが。
 鼻を寄せ、すんすんパンツのにおいを嗅がれて羞恥に赤面した。はあっと大きく息を吐いて、軽く歯をたてられる。
 これからこいつの好きなように嬲られてしまうんだ、とこの瞬間確かに絶望したのに。
 事態は、おれの予想していなかった方向に進んでしまうのだった。


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