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 深慈はとてもカリスマ性のあるおとこだ。それは、チーム活動をしている様子を見ていなくても学園で過ごす姿を見ていれば一目瞭然だった。だから、インビジブルのメンバーは彼に逆らうことなどないとおもっていたし、実際そうだった。不満があっても、楯突くことがあっても。最終的に頭に従うのがインビジブルだ。というか、ふつうはどこのチームもそうだ。リーダーが舐められる存在であると、内部で揉めることが増え面倒なことが多くなる。独裁者になれとは言わないが、ときには自身の意思を貫き通さなければいけないことだってある。深慈は、今回がそのときだと判断してくれたのだろう。柚希のところに、目につくようなインビジブルの情報は入ってこなかった。
 エゴイストのトップは、ある意味で深慈にも負けない支配力を持っていた。彼は、強い負の感情を持った人間を虜にする。そのおとこに惹かれて集まった者たちだ、それらがどんな人物かは容易に想像がつくだろう。自分たちの存在を誇示するように暴力をふるい、弱い者から金銭を巻きあげ、ときには窃盗もしていた。そんな彼らをインビジブルに任せてしまったのは、彼らの将来を自分の手で潰すのが怖かったからだ。柚希が手を出せば抗争なんてものでは済まない。そういう力を自分は持っているし、いつでもそれを行使できるのだ。
 今はもう、吹っ切れた。力を使うことに――迷いは、ない。
 歩夢は、この期に及んでまだカゲツを騙っている。エゴイスト一掃計画の中に、彼の排除もついでに入れておくことにしよう。いい加減、目障りだ。
 カゲツが優秀な情報屋だとおもい込んでいる彼は、知らない。その名は、自分だけのものではないということを。
 高校を卒業するまでにある程度の覚悟をして、大学を出たあとはひとりの「カゲツ」として働き始めるように予定が組まれている。その期間が短いのか長いのかはわからない。けれど、それに間に合わなければ柚希は消されてしまう。
 好き好んでカゲツになるわけじゃない。しかし、指名を受けてしまった。どうやったって逃げることはできない。だったら、自分が世界を動かす側に回ってやろうとおもった。
 柚希は、先にカゲツとして動いているおとこから一人前のカゲツになるための教育を受けている。そして、自分もいつか適任者を見つけてひとりのカゲツを育てなければならない。それが、「カゲツ」である自分に与えられた義務だから。
 仕事は特殊で、制限も多い。だが、ふつうの人間として生活を送ろうとおもえばできないこともない。実際、一般人と変わらず結婚をして、子を得ているカゲツもいると聞く。守るものが増えればそれだけ大変になるが、そのカゲツは覚悟を決めて家庭を持ったはずだ。
 たとえ柚希が殺されても、「カゲツ」は消えない。しかし、べつのカゲツから報復され、その人物は身を滅ぼすこととなるだろう。何人いるのか、だれがカゲツなのか、はっきりとはわからないのに自分たちにはおかしな絆がある。だからもし、今回の計画が失敗して柚希がどうにかなってしまったとしても、ほかのだれかがもっとうまくエゴイストを処理してくれるに違いない。その点だけは、安心していた。
 偽の情報はまいた。あとは、獲物が網にかかるのを待つだけだ。
「……だいじょうぶ、うまくいく」
 指が震えたのは武者震いの類なのだと、そうおもわなければやっていられなかった。




 週末、インビジブルがよく集まる廃倉庫に柚希はフードを被ってぽつりとひとりで立っていた。
 頭はひどくおちついていて、恐怖もなにも感じなかった。こういうところが、カゲツに選ばれてしまった所以なのかもしれない。
「――……きたか」
 シャッターはとじていてひらかないため、ここに入るなら窓を割るか扉からになるが、彼らは後者を選択したようだ。案外行儀がいいな、と呑気に考えていると、ぞろぞろとエゴイストの面々が入り込んできた。手にはそれぞれ鉄パイプなど、武器になるものが握られている。
「……おい、どういうことだよカゲツ。インビジブルのやつらは今日ここで会議をするって話じゃなかったかァ!?」
「なんで……っ、だって、そういう情報が入ってきて……!」
 数だけは集めたのだろう。インビジブルの倍近い人間がいた。袋叩きにされたらたまったものではないな、とおもいながらとある相手に電話をかける。
「動きました。では、合図をしたらお願いします」
 返事は聞かずにそのまま切る。了承以外の答えは、返ってきやしないのだから。
「おい、あいつは……なんだ?」
 柚希は多数の視線が背中に集まるのを感じ、ゆっくりと振り向いた。そして、笑った。
「いらっしゃい、エゴイストの皆さん」
 その言葉に警戒を強めたメンバーたちだったが、ひとりだけ目を見ひらき動揺している人物がいた。
 うそ、と震える声で呟いた彼に、柚希は教えてやる。――だれが、本物の「カゲツ」なのかを。
「一応、初めましてと言ったほうがいいのかな? 偽カゲツさん」
 柚希がフードを外した瞬間ひゅっと息を呑んだのは、自分はカゲツなのだと言いはっていた歩夢だ。心なしかその綺麗な顔が青ざめており、唇はわなわなと震えている。
「偽物……だとォ?」
 エゴイストの総長が低い声で彼に問う。しかし、表情を見ればその疑問の解はあっさりとけてしまったようだった。
「あなたたちはそいつに利用されたんだ。インビジブルをピンチに追いやって、深紅にゆるしでも乞わせるつもりだったのかな? それで、彼をむりやりにでも手中におさめるつもりだった?」
「ちが、おれ、おれは……っ」
 否定すればするほど、周りは歩夢を白けた目で見つめる。もう、彼に味方はいない。
「ねえ、きみたちに提案があるんだけど」
「なんだ……」
 気味がわるそうに幹部のおとこがこちらを一瞥する。
「チームを解散して、まともな生活を送る気はない? おれも、できれば手荒なまねはしたくないんだ」
 そう伝えるも、はっと鼻で笑われてしまった。まあ、当然か。
 これが、最終警告だ。これでここから去らなかったやつは、自業自得だということになる。
「おれから言えることはこれが最後だ。……未来が惜しいやつは、今すぐここから出ていきな」
 感情もなにも乗っていない目に怯えたおとこが、幾人かいた。たいして強い意志があるわけでもないやつほど勘がいいのか、武器を捨てて逃げ出す者が存在した。あとを追おうとした下っ端を呼びとめたのは、ヘッドだった。


 
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