『短いあいだでしたが、ありがとうございました』
「こちらこそ。すっげー助かった。ありがとう」
 正人に礼を返され、小さく微笑む。そして。
「また、なにかあったら頼むかもしれないが――、そのときはよろしくな」
 深慈にそう言われ、もう二度と生徒会に関わるつもりなどないのに、柚希は笑顔をつくって頷いた。
 円満に解決できそうだったそこに、水をさしたのは歩夢だ。
「ふざけるな……! おれは、おれは本物のカゲツだ! おれを偽物だって言ったこと、すぐに後悔させてやるから……っ」
 生徒会室から走り去った彼を追う者はおらず、歩夢にお熱だった三人は気まずげに視線をうろつかせていたが、それもすぐになくなるだろう。あのおとこはじきに、この学園からいなくなるのだから。


 ――美作歩夢が転校することになったのは、生徒会がもとの状態に戻ってから約一週間後のことだった。


 ****


 人間、いきていればやましいことのひとつやふたつあるものだ。大きな金を動かすような立場の人間には、なおさら。この学園の理事長も例外ではなく、カゲツがどういうものか知っている彼は柚希が理事長室に足を運んだだけで青ざめ、歩夢は兄弟校に戻すからゆるしてほしいと懇願してきた。
 往生際わるく言い訳をつらつら述べたなら、事情を事細かに聞いてこちらが知っている事実と食い違う部分が出てくるたびに、秘密をひとつずつ各所にばらしてやろうとおもっていたのだが、残念だ。
 二度目はありませんよ、と釘をさしたし、同じような過ちを犯すことはないだろうと信じたい。
 ――さて、平和をとり戻した学園は、以前とまったく変わっていないなんてことはなかったが、それでも信頼を自らの力で回復するために生徒会の仕事を放置していた三人は必死に働いていた。深慈と正人は毎日食堂に顔を出すようになったし、授業にもほぼ参加できているらしかった。そんな彼らは久々に夜の街におりた際、とある話を耳にすることになる。
 ――最近、様々なチームのメンバーが手当たり次第に襲われている。病院に運ばれた被害者から話を聞いても、「見たことのないやつらだった」という言葉ばかりが返ってくるらしい。そして、その内容を耳にした数日後に、インビジブルに所属している数人のメンバーも同様に暴行を受けた。病院に駆けつけた深慈が事情を聞いたところ、その中のひとりが腫れぼったくなり何箇所にも青あざをつくった喋ることもつらそうな状態で、言った。
「見覚えの、あるおとこが、いました。あいつは――、エゴイストに、いたやつだ」
 まさか、とうに解散しているチームの犯行だとはおもっていなかったようで、インビジブルの幹部たちはすくなからず動揺した。そして、チームのメンバーに狙いはおそらく自分たちだということを説明し、行動する際は必ず複数人で、それもなるべく多めにして行動するようにと言い聞かせた。それでも新しい人間を入れて前と同じか、それよりも増えたエゴイストの人数に深慈たちの戦力は確実に削られていた。
 夜の街の秩序がふたたび崩れようとしている、そんなとき、柚希はようやくその重い腰をあげる決意をした。
 インビジブルが根城にしている場所はいくつかあるのだが、その日は深慈が懇意にしているバーに皆が集合していた。
「深紅、いるかな?」
「えっ、あっ、カゲツさん! 総長なら奥で幹部の皆さんと会議してるんすけど……」
「そう。ありがとう」
 下っ端のひとりが教えてくれたので、奥へと向かう。途中で何人かに挨拶をされたが、てきとうに流して扉を勝手にひらいた。
「だれが入っていいと――、っ!? カゲツ……」
 深刻な表情をしておそらく今後のことについて話し合っていたのであろう彼らは、カゲツの突然の来訪に驚きを隠せないようだった。
「エゴイストのことで困ってるんじゃない?」
 また、いつものように情報をくれるのか、と期待をしているらしい幹部に心の中で謝罪しつつ、柚希は言った。
「この件は、おれに任せてもらいたいんだ」
「え……?」
「そうだね、次の週末あたりにけりをつける予定だ。だから――、きみたちは余計なことをしないほしい」
 こんなふうに高圧的な態度をとったことがないからか、皆が戸惑っている。それでも、仲間をやられて黙っていろというのか、と静かに噛みついてきた深慈にこんな状況だというのに柚希の胸は恋を知ったばかりの少女のように跳ねてしまう。
「……深紅、ふたりで話せない?」
「……皆、すこし外してもらえるか?」
 不安げにしながらも、さすがにここで深慈がどうこうされるということはないだろうと判断したのか、幹部は順に部屋から出てった。
 ドアがしまり、ふたりきりになったところで柚希は声を発した。
「――エゴイストは、もともとおれがどうにかする予定だった」
「なに……?」
「インビジブルができて、きみたちが彼らを解散に追いやってくれそうだったからそのまま流れに任せてしまった。……まだ、そのときのおれには覚悟がたりなかったんだとおもう。それがあったから、おれはきみに感謝していたし、自ら手助けもした。そのきもちがなくなったわけじゃない。でも、今回のことはどうか怒りを鎮めてたえてほしい。おれにはエゴイストのやつらを一掃する手があるんだけど、そこにいたらきみたちもその『一掃』に含まれてしまうんだ」
 しばしの無言のあと、深慈はじっとこちらを見つめて訊ねてきた。
「なぜ、夜の街のことをおまえがどうにかする必要があるんだ。『カゲツ』はなんでも屋ではなく、情報屋だろう」
「……『おれ』の使命はこのへんの秩序を保つことだ。そのためなら情報を売るだけじゃなく、自分が動かなきゃいけない場面ってもんがあるんだよ」
「カゲツ」の名前を、その名のほんとうの意味を、知らないなら一生そのままでいたほうがしあわせだ。
「で、どう? おとなしくしててもらえるのかな?」
「わかった。では、すべてが片づくまでインビジブルの活動そのものを休止する。……それでいいんだろう?」
 返事はしなかった。ただ、満足げに微笑んでみせて、柚希はおとこに背を向けて歩き出した。
 深慈は任せると言ってくれた。次は、こちらがそれに応える番だ。
 準備はととのっている。あとはふたつの情報をそれぞれ適切な場所に送るだけで、すべては解決する。そうすればきっと、もうインビジブルに接近することもなくなるだろう。すこしだけ寂しさを覚えたが、それもいずれなくなるはずだ。
 柚希の恋の終わりが、すぐそこまで迫ってきていた。


 
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