「……なんで? 人手がたりないなら、おれが補佐やるのに」
「おまえがいると作業が余計捗らなくなるのに、補佐にする意味なんてないだろ」
 こんなふうに生徒会室で仕事をするでもなく、騒がれることはたびたびあったようで正人もうんざりしたようにそう零した。
 すると、副会長の高杉学(たかすぎまなぶ)が異論を唱える。
「まともにコミュニケーションもとれないような子と歩夢、どちらが優秀かなんて猿でもわかるよ」
「ならおまえは猿以下だな」
「なっ……!」
 深慈に辛辣な返しをされたのが信じられないのか、学はショックを受けて目を見ひらいている。しかし、恋に盲目になっている今、彼になにを言っても真意は伝わらないだろう。そして、遠回しに柚希より劣っていると判断された歩夢も、黙ってはいなかった。
「やる前からそんなこと言われても納得できない。おれは――『カゲツ』なんだ。生徒会の仕事くらい、朝飯前だよ」
 対抗意識を燃やされても困る。それに、カゲツの名を使って結果を出せなければすぐさま信用が地におちることを、彼はきちんと理解しているのだろうか。
「カゲツ」へ対する信頼は揺らがない。ただ、歩夢がほんとうにカゲツ本人であるのかと疑われるだけだ。
 ――もしかしたら、深慈はすでにこのおとこが偽者だと気づいているのかもしれない。それは半分勘で、もう半分は願望であったけれど、あながち間違ってはいない気がした。
「……じゃあ、おまえたち四人とおれたち三人、今から一週間でどちらがより多くの仕事をこなせるか勝負でもするか? おまえらが勝ったらそいつを補佐にでもなんでもすればいい」
「……三対四で、勝てるとおもってるの?」
「勝算がなければこんな提案はしない」
「は、嘗められたもんだね。いいよ。その勝負、受けてたとうじゃないか」
 ふだんならばわかるのだろう彼の意図を察することができぬまま、学は挑発に乗っている。残念なほどに視野が狭くなっているようだ。
「――ただし、生徒会室は使うな。各自仕事は持ち帰ってやること。こちらにはひとりぶんのハンデがあるんだ。……これくらい、かまわないよな?」
「もちろん。きみたちと同じ空間で作業するつもりなんて、初めからない」
 それはよかった、と深慈が書類に視線を戻せば、学が悔しげに唇を噛んだ。
 副会長、会計、書記がたまっている山のような仕事をそれぞれが手にし、歩夢とともに部屋を出ようとしたとき、なりゆきを見守っていた正人が口をひらいた。
「深慈が怒る前に、戻ってこいよ」
 しかし、それにはだれも返事を返さずに四人は去っていった。
 はあ、とだれかが大きなため息をついた。
「……まあ、これで多少は周りからの目もましになるだろ」
 授業にも出ず仕事もせず、ところかまわず遊び呆けている彼らの最近の印象は最悪だ。今さら態度を改めても信用を完全に回復することは難しい。ここにいない三人の役員は窮地に立っているのに、彼らはそのことにまったく気がついていないのだから問題だ。
 今回の勝負は深慈が仕事をしていない役員の体面を繕うために持ちかけたものなのだが、四人のだれもがそれをわかっていないのだろう。
「わるいな、設楽。おれたちの問題に巻き込んでしまって」
 いえ、と首を振る。柚希もこのままずっと補佐を続ける気はないし、役員にははやく目を覚ましてもらわねば困るのだ。だがこのゲーム、こちらの分がわるい。あちらには役員がひとり多いという、大きなアドバンテージがある。
 さらさら、とボードに深慈に対する質問を書き、とんとん、机をたたいてふたりの意識をこちらに向けさせる。
『ほんとうに、勝てるとおもっているんですか?』
「――……分はよくない。が、やすやす負けてやるつもりも、ない。だれが上に立つ者なのか、わからせてやらないとな」
 苦しい状況にもかかわらず不敵な笑みを浮かべてみせる深慈は、文句なしにかっこいい。
 ならば、と柚希は提案する。
『もうすこしおれの仕事を増やしてもらえませんか? おふたりが負けてあのひとたちに大きい顔をされるのは、癪なので』
「……けっこう言うな、設楽」
 正人が苦笑した。そして、すこし考えるようなしぐさを見せたのち、わかった、と頷いたのは深慈だ。
「設楽はタイピングがはやくて正確だ。書記の仕事を設楽に任せて、正人がほかの仕事に専念するのはどうだろう」
 書記の仕事を任せる。その言葉に驚いたのは正人だけではない。柚希も、表面には出さなかったが内心で狼狽えた。
 そんなに、自分は彼に信頼されているのか。評価されているのか。
 戸惑いはすぐさまよろこびに変わり、柚希をやる気にさせた。
「……やれるか? 設楽」
『やります。やらせてください』
「よし。じゃあ正人、頼んだぞ」
「了解」
 期間限定で先の望めないチームだというのに、信頼が築かれていく。きっと、そう時間がかからないうちに学たちは正気に戻るだろう。補佐でいるのもあとすこしのあいだだとおもうと若干さみしくなる。でも、「カゲツ」を名乗り始めたその日から、柚希は常人とは違ういきかたを求められた。だから、この先もこんなふうに仕事を続けることはできない。本業を疎かにするわけにはいかないからだ。
 楽しい会話があるわけではない。仕事も、楽しさとは無縁のものばかりだ。だが、柚希はこの空間が好きだった。
 恋なんて、しないほうがよかった。それはふとした瞬間弱みになる。秘密を多く抱えている自分にとって、だれかに入れ込むというのは危険な行為でしかない。
 どんなに優れた人間であっても、それは「ひと」であり機械ではない。だから、感情を完璧にコントロールすることは不可能だ。恋は、おちてしまうものだという。ゆえに、抗うことはできないのかもしれない。けれど、捨てようとおもっても捨てることができないのが恋心だ。厄介極まりなかった。それでも、柚希にはそれをかなえるために動くという選択肢はない。たとえその想いを一生抱えたまま過ごすことになっても、彼を「うち」にかかわらせるよりはずっとましだった。
「カゲツ」の名は重い。本来、歩夢が軽々しく利用してゆるされる名前ではないのだ。見逃されているのが柚希の優しさだと気づけなければ、彼に待っているのは破滅だ。
 ごうっと、外で強い風が舞う音がした。
 ――もうすぐ、「あいつら」が動く。
 それは、変えようのない未来。しかし、それ以降には数本の線が伸びている。そして、自分ならばそのどれにでも道を誘導できる。
 どうするべきか。
 柚希は、カゲツとして判断を下さねばならなかった。


 
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