柚希の予想に反し、過激なファンクラブ、いわゆる親衛隊と呼ばれる組織は動きを見せなかった。その理由はおそらく歩夢が生徒会にもひけをとらない美形であることが関係しているのだろうが、それよりも深慈からじきじきに頼まれたという部分が大きい。隊員の集まりに顔を出し、「あいつはおれの大切なやつなんだ。だから手を出さないでほしい」とまで言われてしまっては、さすがの親衛隊も歩夢を制裁することは難しいようだった。
 カゲツに接するインビジブルの面々をはたから見て、柚希はようやく気がついた。彼らは、深慈と同様にカゲツに好意をいだいているということに。好意、といってもその種類はそれぞれ違う。皆が皆恋愛的な意味でカゲツを好いているわけではないようだったが、あからさまにすきすき訴えてくる態度と視線をまったく察していなかったことには、さすがに羞恥を覚えた。どれだけ深慈以外に興味がなかったのか――、と。
 周りからは好意をクールに躱しているように見えていたとしても、こちらはそんなつもりはなかったわけで。わるいことをしたな、と反省した。
 しばらく傍観すると決めてすこししたころ、徐々に学園の雰囲気に変化が現れた。毎日カゲツと顔を合わせ、話すことができるという現状に私欲を抑制することができなくなった副会長が、四六時中カゲツと行動をともにするようになったのだ。そこに、さらに会計と書記が加わり、学園内は混乱や憎悪や嫉妬、そして不安が渦巻いていた。
 優位に立っているのは自分だという自信があるのか、深慈はほかのふたりのようにはならず、生徒会室にこもって書記の片割れと仕事をしているらしかった。しかし、ふだん五人でこなしている雑務だ。人手がたりなくなるのは目に見えていた。移動する時間すら惜しいのか、食堂にも滅多に現れない。ごく稀にやってきたかとおもえば、その顔色は最悪といっても過言ではなく、生徒たちは皆深慈と書記――片霧正人(たかぎりまさと)のことを心配していた。もちろん柚希も、同様に。
 だが、この展開は予想していなかった。
「すまん、設楽。しばらくのあいだ、生徒会の補佐をやってはくれないだろうか」
 なんでおれが、という表情をしていたのだろう。その話を持ちかけてきた教師は慌てて説明をつけたした。
 ――知っているかもしれないが、最近の生徒会は瀬良と片霧でなんとかやっているのが現状だ。けれどそれももう限界で、リコールでもなんでもして新しく生徒会をつくりなおしたほうがいいのではないかと提案してみたものの、瀬良には拒否されてしまった。そうなると、今にも倒れそうなふたりを助けるには人手不足を解消するしかないわけだが、適切な人材があまりにもすくなすぎた。生徒会に興味がなさそうな、あっても過激な行動に出ない、しかも即戦力として期待できる人物が設楽しかおもいあたらなかった。
 そんなことをつらつら述べ、頭までさげられてしまってはさすがの柚希も断りづらかった。深慈が心配だというきもちも下心もあったので、その頼みを拒否するより受けてしまったほうが自分にメリットがあると判断し、わかりました、と頷いた。
 過剰なほど感謝され、数日後、柚希はとくべつなカードを放課後に受けとり、そのまま生徒会室にやってきた。
 コンコン、と二度ノックをし、中に入る。すると、そこではすでに深慈と正人が作業をしていた。おそらく、今日も朝からここにこもっていたのだろう。書類の山が視界に映った。
 二名の視線がこちらに向けられ、「話は嵐山(あらしやま)先生から聞いている」と深慈が口をひらいた。
 ぺこり、お辞儀をしたのち彼のもとへといき、仕事の内容を教えてもらう。難しいものはなく、基本的にふたりでは手が回らない雑用的な部分を任せられるようだった。
「わからないことがあったらおれでも正人でもいい、いつでも訊ねてくれ」
 返事の代わりに首を振れば、すぐに空気をひきしめ彼らは仕事を再開させた。柚希も席につき、パソコンを起動する。そうして数時間、誤字のチェックや書類の作成やコピーに努めた。
 ふだんから何時間も画面とにらめっこしているのでさほど苦はなかったし、集中していたのでまったく時の流れを感じなかった。
「設楽」と名前を呼ばれ、もうすぐ八時だから下校してもいいぞと言われるまで外が暗くなったことにも気がつかなかった。自分としてはまだ手伝えるのだが、一般生徒は八時までに完全下校することが校則で決まっている。じゃあ、と席を立とうとすると、正人が声を発した。
「深慈、彼をひとりで帰らせるのはまずいだろう」
 その台詞に、深慈がこちらを見る。
「ああ……、それは、そうだな」
 すこし悩んだのち、「今日はおれたちもはやめに帰るか」と彼は言った。
「設楽のおかげでだいぶましになった。ありがとう」
 疲れた顔に、それでもうっすら笑みを乗せて礼を口にするおとこにぎゅっと胸がしめつけられ、いつも所持している小型のボードとマジックをとり出しそこに文字を書いていく。
『ふたりとも、顔色がわるいです。みんなも心配してますし、今日はちゃんと寝てくださいね』
 ボードを相手が見えるようにひっくり返すと、ふたりは目を見ひらいたのち、「わかったよ」と苦笑したのだった。


 放課後、生徒会の手伝いをして、それが終わったあとに三人で寮に戻る、という生活を始めて一週間。歩夢にまったく遭遇しないことを不思議におもっていたのだが、それはどうやら深慈と正人の努力によるものだったらしい。
 ――その日、柚希は初めて彼と対面した。
「え、このひとだれ?」
 部屋に入った瞬間、なにこいつ、とでも言いたげな歩夢からの目線が突きささり、おもわず眉が寄る。
「あれー? この子、人魚姫って呼ばれてる子じゃん。しゃべれないんだよね?」
 その不本意な呼び名をひろめるのはやめてほしかったが、事実なので反論のしようがない。会計の言葉に反応はせずそっと席につき、仕事をしようとすると副会長に「ちょっと」と、とめられてしまった。
「きみ、どうやってここまできたの。ここは役員以外入れないはずなんだけど?」
 投げかけられた台詞に、柚希は驚いてしまった。彼らには、補佐の話すらしていなかったのか、と。ボードに補佐になったのだと書こうとすると、その前に深慈が心底疲れた、というような声で「彼には補佐として仕事をしてもらっているんだ」と告げた。


 
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