友達がいない人物のためだからといってこのグループに唐突に突っ込むのはハードルが高すぎた気もしたが、早津はなんとか昼休みを乗り越えてくれた。予鈴が鳴るすこし前に自分のクラスに戻ろうとした彼をひきとめて、廊下ですこし話をする。
「ごめんな、むりやりおれの仲間んとこにひき入れて」
「いや……。賑やかで、新鮮だった」
「騒がしいけど、わるいやつらじゃないんだ。どう? 仲よくできそう?」
「わからない……けど、」
 けど? と首を傾げると、なにもかもを見透かしてしまいそうな色素の薄い瞳でおれをしっかりと捉えて、「いやじゃなかった」と言った。そのあまりのうつくしさに一瞬声の出しかたすら忘れてしまったが、慌てて「そっか! よかった!」と、とり繕うように笑顔を見せた。
 彼の後ろ姿を見送るあいだ、胸がどきどきと鳴ってうるさかった。
 これは、早津を救おうとした皆が通った道なのだろう。
 最終的に、彼は自由を求めないかもしれない。けれど、早津がこのまま彼氏のもとにいることを選ぶなら、その相手ときちんと対等になることを望ませなければだめだ。
 言いたいことを言って、互いのラインを確認して、したいことをする。それが、通常のおつきあいというものだろう。折れるのがどちらか一方では、いつか限界が訪れる。おれは、過去にたくさんの彼女がいたわけではないけど、どの子にも尽くしてきたつもりだ。
「もっとやさしいひとかとおもってた」
 そう言ってフラれたこともあるが、ひとしきり泣いたあとは「あっちに見る目がなかったんだ」とひらきなおった。あまやかすことしかゆるされないなら、おれはその子の彼氏をやっていられない。想っているからこそ、絆があるからこそ、窘めることだってある。
「佐伯って、三十くらい過ぎてからモテそう」
 そんな性格をしているため、毎日つるんでいるやつらにはそんなことを言われてしまう始末だが、まあ現在は友達と遊ぶのが楽しいのでそれでもいいやとおもうのだ。やつらは、間違っていることを指摘すれば考え、正してくれる。だからこそ、自分が間違ったときはあちらも叱ってくれるはずだという信頼がある。この先どうなるかはわからないが、長くつきあっていきたいとおもえる友達を今のうちから得られたことは幸福なことだ。
 こんなこと考えてるから、女子から「おとなっぽい」を通り越して「おじいちゃんみたい」とか言われるんだろうけど。
 早津が心のままに動くことができるようになることを、このときのおれは願ってやまなかった。


 ****


 ほんとうに平和なのかはわからないが、表面上はしばらく平和が続いた。
「恋人、なんも言ってこないの?」
 そう訊ねても彼は首を横に振るばかりだったし、日常が変わっていくことにうれしそうでさえあった。だから、お互いに油断していたのだとおもう。
 ある日の放課後、早津に一緒に帰ろうと呼び出されてのこのこ教室にいったところ、顔面蒼白の彼を見つけて慌てて駆け寄った。
「どした?」
「…………家まで、送ってほしい」
「……わかった」
 なにかあるとは察していたが、早津をひとり放っていくわけにはいかない。覚悟を決めて足を踏み出せばためらうように早津も歩き始めたが、その歩みは亀のようにのろかった。帰りたくない理由があるのだろう。そしてそれは、一郎が関係しているに違いない。
 うちの高校に通う生徒の大半が利用している最寄り駅にいき、電車に乗る。それから二十分ほど揺られ、到着したのは近くに高級住宅街がある駅だった。
「こっち……」
 ふらふら、まるで病人のように進んでいく早津を心配しつつも、受かれたきもちがまったくないわけではなかった。
 これがなにかの罠なのだとしても、それにおれを巻き込むことを彼が否定しなかったということになる。それは、早津がおれを切り捨てられなかったということの証明になるのではないだろうか。
 どんな絶望が待っていても、絶対に乗り越えてみせる。
 そう決意し、とある家に入り込んだ 早津のあとを追った。そこは白を基調とした洋風のおしゃれな一軒家で、扉をくぐるとおちついた色合いの玄関が視界に映る。
「早津んち、きれいだなー」
 正直な感想がぽろりと零れおちた。すると、彼は勢いよく振り向いて「やっぱり帰ってくれ」と肩を押してきた。
「お、おい! なんだよ、どうしたんだよ」
「ほんとに、ごめん。でも、やっぱり……っ」
 巻き込めない。
 そう、伝えようとしたのだとわかる悲痛な表情がうつくしい顔を侵食していた。ほんとうに帰るべきなのか、これでいいのかと迷っているうちに、タイムリミットがやってきてしまった。
「ねえ、馨。なに勝手にお客さまを帰そうとしているの?」
「い、ちろ……」
 屋内にある階段からおりてきて早津にそう声をかけたのは、一郎と呼ばれたおとこ。――早津をくるしめている、すべての元凶。
「佐伯くん、だよね? 馨と一緒に二階にきてくれるかな」
「え、と」
「きてくれるよね?」
 言葉に断らせる気はないという圧を感じた。それに負けたわけではないが、ここはおとなしく従ったほうが身のためだという予感がしたので、うつむいて棒立ちになっている早津の腕をとり、「いこう」と促す。
「……っ」
 終わった、とあきらめを湛えた早津の顔に不安をいだきながらも階段を一段一段のぼっていく。
 とある扉の裏から上半身を覗かせて、「こっちだよ」と手招きするやつのもとへおそるおそる近寄ると、その部屋が寝室であることが判明した。
「なんでこんなとこに……?」
 首を傾げると、一郎がにやりと笑って言う。
「やれ、馨」
「え」
 どん、と背後から背中を押された。すぐ近くにベッドがあったためけがをすることも痛みを感じることもなかったが、驚きはした。
「なに――」
 うつ伏せになった体を仰向けにし、続くはずの文句の言葉を紡ごうとしたところ、早津にのしかかられてそれは途端に消え失せた。
「早津……?」
 殴られでもするのか。
 身がまえた瞬間、服を脱がされ始め、予想だにしていなかった展開に体が硬直する。
 はやつ。
 掠れた声で名前を呼ぶと、彼は大粒の涙を零しながら「ごめん」とくちびるの動きだけで伝えてきた。おそらく、勝手に話すことすらゆるされていないのだ。


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