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 結論から述べると、早津の彼氏――一郎とやらはとんでもない人物だった。彼が言っていた「監視役」というのは冗談でもなんでもなくほんとうに実在していて、おれが図書館に足繁く通っていたことはすぐに伝わったらしい。
 やっぱり友達にはなれない、とさっそく心を折られた早津を根気よくなだめ、「早津はおれを友達っておもう必要ないから。おれが、勝手に友達っておもってるだけ。そうおもうのは、おれの自由だろ?」と言い聞かせると彼は戸惑いながらも肯定するしかなかったらしく、縦に小さく頭を振った。
 早津は彼氏に制御されてしまっているけど、本来ひとの心はそう簡単に操れるものじゃない。そう、わかっているのだろう。こちらが頑なな意思を見せれば、呆気なくそばにいることをゆるされた。ただ――
「あいつにひどいことを命令されたとしても、おれはほんとうに逆らえないから、やばいとおもったらすぐに逃げて。これだけは、約束して」
 という、条件つきではあったが。
「わかったよ」
 しっかり肯定すれば、安心したのか早津はほっと息を吐き出した。
「ちなみに、今までのやつらはどんなことされたの?」
 興味が半分、自分の身のためという理由が半分、そんなきもちで訊ねたのだが、彼からは予想以上に重たい返答がきた。
「……基本的には、いじめが始まるんだ。それがきかない相手だと……、おれが、動かされて」
「早津が……?」
「そう。相手の好意を踏みにじるようなこと、させられる。……そんなやつに、ずっとかまってようとする人間なんて、いないだろ」
 あまりにひどい、と絶句するも、おれはすぐに復活して話を続けた。
「こういう話をしたひとはいなかったの?」
「いた、けど……、最初は『やらされてるってわかってるから』って言ってたやつらも、結局は疲れて離れていった。それでも離れなかったやつは……」
「やつは?」
「……おれをすきになってしまったって、そう言って、一郎に成り代わろうとするか、逃げる。その、繰り返しだよ」
 だから、佐伯にも期待してない。
 隠された言葉は声にされることはなかったが、自分にはばっちり伝わってきた。
「……なんで、おれってそういう目で見られるのかな。ほかのひととなにが違うの? 顔? この顔が……いけないのか?」
 つつ、と自身の頬をなぞるしぐさは艶かしく、おとこを狂わせるのは顔だけじゃないんだろうな、と漠然とおもう。
すでに毒されてきている気がしたが、たとえ惚れたとしても逃げないと宣言したのは自分だ。
「わかんないけどさ……、ひとつ言えるのは、早津がいけないわけじゃないってこと。だから、そんな自分を追いつめるなよ」
 無言でうなずく彼は、どうしようもなく庇護欲を誘った。これは、だれが見ても意見が一致するだろう。でも、これを早津のせいにしてはいけない。
「な、今度一緒にお昼食べようよ。おれだけじゃなくてさ……、ほかのやつらも呼んで」
「……なんで?」
「味方は、ひとりでも多いほうがいいだろ?」
 そう言って笑ったおれにどう返したらいいのかわからず立ち尽くす彼は、それでもやっぱり、すごくきれいだった。


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「今日はゲストを呼んでます!」
 昼休みの教室、いつも固まって昼食を食べているメンバーにそう宣言すると、「だれだれ?」という期待に満ちた瞳がこちらに向けられる。
 一旦外に出て、「やっぱり……」とまごつく早津の手をとり、強引に友らのもとへとひきずっていった。
「えっ、早津じゃん!」
「なんで?」
「おまえら仲よくなったの?」
 矢継ぎ早に聞かれたことに、おれは得意げな顔をつくって答える。
「そ。おまえらの罰ゲームのおかげでな!」
「えー! 佐伯ずりぃ!」
「早津、佐伯よりおれのほうがイケメンだしやさしいぞ!」
「いやいやおまえのとりえ、顔だけだろ」
 すると、案の定やつらはノってきた。テンポよく交わされるやりとりに早津は困惑するばかりだったが、逃げ出すことはなかったのでいやなわけではなかったのだろう。――たぶん。もし、未知の生物に対する恐怖ゆえ、とかだったらあとで土下座して謝ろう。
「いつまでつっ立ってんだよ。こっちきて座れよ」
「あー、机と椅子もう一セットいるか? 椅子だけでいい?」
 近くの席から椅子をひっぱってくるおとこに笑いながら「いこ、早津」と声をかければ、彼は「え、あ、ああ」と勢いに促されるようにではあるが、首を振った。
 机と机をくっつけた部分に座らされた早津はそわそわすることもなかったが、動くこともなかった。緊張しているらしい。
「早津、はやく食べよ。ちんたらしてたら昼休みが終わるぞ」
「…………」
 無言で弁当に手をつけた早津にこいつらとひき会わせたのは早計だったかな、と内心はらはらしつつも、知らん顔をして箸を動かす。
「なーなー、早津のかーちゃん料理得意なん? 弁当の中身、すっげーきれい!」
 このメンバーの中でも一際騒がしく、かつ人見知りとは無縁のおとこ、黒沢正規(くろさわまさき)がはしゃいだ様子で訊ねれば、彼は眩しくて見ていられないとでもいうように、さっと視線を逸らして下に向けた。
「いや、これは母親じゃなくて……」
「じゃ、とーちゃん? それとも早津がつくってんの?」
 口をもごもごして言いづらそうにしていたが、観念したのか早津は答えた。
「恋人、が、つくってくれてる」
 それ言っちゃっていいのか、とこちらが焦った。予想通り、やつらは見事にその話題に食いついた。
「は!? 早津、カノジョいんの!? いや、いないほうがおかしいとはおもうけどさ!」
「えっどんな子? 可愛い?」
「あっ、や、その」
 声にしたあと、軽率だったと悟ったのだろう。困る早津に助け船を出してやろうと、おれはくちびるを動かした。
「ノーコメント!」
「え……?」
「だよな、早津。おれが告白したときも、恋人については教えてくれなかったし!」
 話を合わせろ、と圧のある――ほんとうにあるのかはわからない――笑顔を見せれば、彼はおれの意図を察したのか慌ててこくこくうなずいた。
 しかし、一郎とやら、なかなかやりおる。早津の弁当の中身は彩りがよく、肉や揚げ物ばっかってわけでもなくて、ちゃんと野菜もとれるよう考えられているようだった。愛情がないわけではないのだと、否応なしに理解させたれたような気分になる。そしてそれは、あまり心地のいいものではなかった。


 
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