頭のレベルは中の上、濃緑のチェックのスカートとズボンがオシャレな制服が特徴の、どこにでもありそうな普通の高校。 それが、おれ、佐伯爽太(さえきそうた)が通っている南高校、通称ナンコウである。 ほどよく離れた場所に北、東、西高校も存在している。
この四つの学校は交流はないのにそれぞれの高校の噂やらなんやらが入ってくるからふしぎだ。その中でもたぶん、一番の有名人が隣のクラスに在籍している早津 馨(はやつ かおる)。
体育でしか一緒の授業を受けることはないが、彼を見るたび噂になる理由を実感させられる。
――半端ないのだ。 顔が。 言葉で表すなら、まさに天使と言えよう。
ハーフなのかクォーターなのか地毛らしい蜂蜜色の髪に、澄みきったブルーアイズ。 身長は男子の平均よりも少し高めというくらいだが、手足が長くすらっとしていてスタイルも抜群だ。 おなじ人間とはおもえないきらびやかなおとこが、このナンコウにはいるのだ。
そりゃあ噂になるさ。 出待ちもされるさ。
初めはどこのアイドルだと訝しんだが、生の早津は確かにそこらへんのアイドルなんかよりもずっときれいだった。あまり近くで見たことはないが、いつもオーラがすごいのだ。
そんな、距離的には近いけど遠い存在だったはずの早津と、おれの交流はひょんなことから始まったのだ。
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「うわああああ嘘だろっ」
「はーい佐伯の負けー」
「あっぶね! 勝ててよかったー!」
「おめでとさーん」
その日の放課後は帰宅部の仲いいやつらと総勢六人でトランプをしていた。
ただやるだけじゃ面白くない! というわけで罰ゲームを賭けて真剣勝負をしていたわけだが……
今日のおれは絶不調。
全員がおれを陥れようとしているようにしかおもえないほどにぼろ負けした。
「じゃあ早速罰ゲームの発表をしまーす」
ひそひそ話し合った後、ひとりが高らかにそう宣言した。
「ううう……」
友人らは容赦がない。 この中だったら自分が一番まともで、いつも無茶ぶりするやつらをとめる役目を請け負っているのに。 そんなおれがいない罰ゲームとか怖すぎる。
「罰ゲームは――」
「……え?」
そいつの口から発せられた言葉は、見事におれを驚かせたのだった。
オレンジ色の夕日が照らしている室内に、ただひとりぽつんと座りページを捲る彼が、今回のターゲットだ。
ここは図書室。 うちの学校の図書室は正直過疎っているのでそいつ以外はひとっこひとりいない。 まあ、今回はそれがありがたいのだが。
「あ、あの、」
おれはカウンターにいるそのひとにおそるおそる声をかけ、ゆっくりとあげられた顔に目を見ひらいた。
「……本の返却ですか? それとも貸出?」
「い、いえ、あの、えっと、」
初めて聞いた彼の声は中性的で、性別の判断がひどくしづらかった。
――と、噂に違わぬそのうつくしさに見惚れている場合ではないのだ。 いやなことはさっさと終わらせてしまうに限る。
おれは学校一の美人と名高い早津に、告白するという罰ゲームを命じられたのだ。
「好きです!」
「……ありがとう。 でもおれ、つきあってるやついるから」
またまたびっくりした。 早津に彼女がいるなんて噂は聞いたことがない。 しかし、いないほうがおかしいのかと類い稀なる美貌を目にし、考えを改める。
追及したいきもちをどうにか抑え、礼をして踵を返した。
「い、いえ、失礼しました!」
うおお、敬語なんか使っちゃって真面目くんみたいだ。
茶髪だし制服着崩してるし見た目は完全に真面目とはかけ離れているわけだが。
図書館から慌てて走り去り、告白して振られた報告をしに教室へと走る。
彼女がいることは、だれにも言わないほうがいいのだろうか。
そんな、呑気なことを考えながら。
――知らなかった。 気づかなかった。
早津にあのあと、なにが待ち受けていたのかなんて。 わかるはずもなかったんだ。
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こう見えて意外と本を読んじゃうおれは、過疎っている憐れな図書室を使ってやることにした。 最近は友達と遊ぶのが楽しくてあまり読書をしていなかったので、ちょうどいい。それに、早津がいたらこの前のことを謝りたかった。けれど、いなかったらいなかったでかまわない。 今日の目的は、本を借りることなので。
おれは根っからの文系で、現代文も古典も得意だ。英語はふつうくらいだけどほかは中々に優秀。 ただ逆に、理系はまったくだめ。 数学はもちろん、化学や物理なんてやる気もしない。 生物がギリギリってとこだ。 理系はいつも赤点すれすれでひやひやしている。
少々話がずれたが、とにかく本ならなんでも読むおれは読書をしに、そしてついでに暇なときに軽く読める本を見繕ってこようと図書室へと向かったのだった。
おお、今日もいる。
また当番が回ってきたのか、早津はやはりカウンターに座って本を読んでいた。
話しかけるわけでもなく、てきとうに本を選び、陽あたりのいい机に座る。 そして本を広げ、しばし文字を追うことに夢中になった。
――それから、どれくらいの時間が経ったころだろうか。
外がすこし暗くなってきたのに気がつき、時計を見ると六時近かった。
「もうこんな時間か。そろそろ帰るかな」
読み終わっていない本を二冊、手に持ちカウンターへとさし出す。
「貸し出しお願いしまーす」
「……、」
おれの顏を見て若干動きがとまったので、驚いてるということが窺えた。 早津はふだん、表情がほとんど変わらないのだ。それが人形のようで、現実離れをしたうつくしさを際だたせている。しかし、だからといってほんとうに血が通っていないなんてはずもなく。
「あ、おれのこと覚えててくれたんだ?」
「……この前の、佐伯」
話しかければ、素っ気なくではあるが言葉を返してくれた。そのまま手を動かし、早津はすぐに貸し出しの手続きを開始する。
絶対に、チャラいのに本なんて読むのか? とおもわれている気がするが、 それはまあさておき、このあいだのことを謝ってしまおうと口をひらく。
「それなんだけど、あれ……罰ゲームだったんだ。 ほんとごめん!」
「……気にしてない。 ああいうの、多いから」
彼は淡々としている。 実際、多いのだろう。遊びの告白も、本気の告白も。
気まずい雰囲気をたえながら、おれは言った。
「は、早津いつも本読んでるよな。
おれも読書好きなんだ。 今度おすすめ教えてよ」
ハンコを捺しながら、早津は神妙な表情をし、小さな声で呟く。
「……おれに、かかわらないほうがいい」
「え……?」
本を押しつけられ、帰れと目で伝えられる。おとなしく図書室を出たが、おれの心はもやもやとした霧のようなものがかかって、すっきりしないままだった。