細く長い指に挟まれた白い筒の先から、煙がのぼっているのを発見する。長い銀の髪をひとつにまとめてサイドに垂らし、堂々外で煙草を吸っているおとこの背後からそれを奪うと、風紀として見回りにきていた内海武宏(うつみたけひろ)は「初犯だな」と言葉をかけた。
 おもむろに振り向いた彼の顔が明らかになると、眼鏡の奥にある目をすこし見ひらくことになった。
 煙草を吹かしていた人物の名は武宏のひとつ下の学年、二年の白布涙(しらふるい)。彼は成績優秀で素行もよく、教師からの評判もいいとくに問題らしい問題のない生徒のはずだった。
「あら、見つかっちゃいました?」
 おとこは見つかったことを焦るでもなく、艶を感じさせる微笑みを湛えている。
「……今回だけは見逃してやる。二度とこんなヘマは犯すなよ」
 陰で鬼の風紀委員長と呼ばれている自分がこんな温情をかけることになろうとは、と表には出さずに内心で苦虫を噛み潰したような表情をしていたところ、白い肌に栄える、ふっくらとした赤いくちびるを緩やかに動かし、涙は言った。
「やだな、委員長。穴場のひとりじめはずるいですよ」
「…………」
「委員長の吸ってる銘柄はアメスピ。ちなみにおれはキャスターです」
 吸っているところを見たことがあると仄めかしてくる発言に眉間のしわが深くなったが、知られているのならもうどうしようもない。武宏には彼の共犯になる道しか残されていなかった。
 さすがに、煙草で退学沙汰になるのはまずい。
 はあ、とため息をついて涙の横に立ち、胸ポケットからジッポをとり出す。すると、隣のおとこが箱から二本、煙草をつまんだ。
「一本どーぞ」
「…………」
 そろそろ吸いたい気分だったのは間違いない。しかし、キャスターという銘柄のそれを味わえる気もしなかった。しかし、ないよりはましかと一本もらい、火をつけた。
「委員長、おれにも火ください」
 ジッポを手渡そうとしたところ、「こっちがいい」と顔を寄せてきたおとこのしたいことをそうそうに察した武宏は、おとなしく涙の方向に顔を向けた。
 先と先で火をわけ合うシガレットキス。焼けた部分からたちのぼるのは、バニラのあまいかおり。
 ああ、こいつにぴったりの煙草だな、とぼんやりおもう。
「……あま」
 紫煙を燻らせるついでにぽつりとそう零せば、「委員長、真面目そうな見た目してるのに喫煙者なの驚きました」と彼が口をひらいた。喫煙していることを知られているならもういいか、とやけになる。
「見た目だけな。昔はピアスあけまくりだったし、髪も金色にしてた」
「うそ。まさか、その眼鏡も伊達だったり?」
「野暮ったく見えてこの学園のやつらの興味をうまくいなせるんじゃないかと考えたんだが、意味なかったな」
「え、じゃあ、おとこと寝たことは」
「…………」
 ノーコメント、と沈黙を貫いてしまった時点でその問いに対する答えを言ってしまったようなものではあったが、正直に肯定するのはどことなく憚られた。きもちもなにもない性欲処理のための行為だったし、おんなかおとこ、選べるなら断然おんながいいというのが本音だからだ。
「そういえば、委員長高校からの外部生でしたもんね。染まりきってはいない感じなんですね」
 なんで知ってるんだ、と訊ねようとしてやめた。
 このむだにととのった顔のせいでたいした家柄というわけでもないのにまたたくまに親衛隊が結成され、その親衛隊の後ろ楯があったおかげなのか一般家庭であることが弱みになることもなく、気づけば抱かれたいランキングで上位に入るようになってしまった。
 ださく見えるだろうと選んだ黒縁眼鏡も、自分の顔の前には無力だった。そう結論づけた武宏本人がナルシストなわけではない。これは客観的な方面から見た際の、偽りなき事実なのである。
 生徒会役員なんてめんどうなものになるのはごめんだったので、どちらかといえばまだましといえる風紀からのスカウトを受けた。中学生のころにやんちゃをしていたので、喧嘩はそれなりにできるのだ。
 それから、一年をまとめるリーダー役を任され、二年になると副委員長に任命され、三年が引退したあと、委員長の座を譲り受けた。いっそ笑えるほどに順調な出世だった。うれしくもなんともなかったが。
 まあ、そんなわけでこの学園内で武宏はちょっとした有名人なのである。よって、涙が自分のことを外部生だと知っていても、その情報の出所など特定のしようがないほどあちこちに溢れているため、「なんで知ってるんだ」なんて聞くだけむだだと判断したのだ。
 全校生徒のプロフィールはだいたい頭の中に入っているので、涙が初等部からこの学園にいることはわかっていた。美人で色気もあるとくれば、ここに染まっていないとはおもえなかった。
――それにしても、彼の容姿はちょっとあれだ。ストライクすぎる。昔――と語れるほどの人生を歩んでいるわけではないのだが――から武宏は美人が好きだった。下半身に余計なものがついていなければ、なにがなんでも自分のものにしていただろう。美人は三日で飽きるというが、興味すらいだけない不細工な野郎より百倍ましだ。
 そういえば最近ご無沙汰なんだよな、と思考がそちらの方向に傾き始めると、満足したらしい涙が「おれ、そろそろいきますね」と声をかけてきた。
「ああ」
「それじゃ、また。委員長はひき続きお仕事がんばってください」
 ここでふたたび会うことを確信しているその台詞と、仕事が残っていることをおもい出させるその台詞。両方に盛大なため息を吐き、短くなった煙草の先を見つめて武宏はもう一度、「あま……」と呟いた。


 
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