表すのなら、どろどろとした夜だった。月も星も出ているのにどこかすっきりとしない。頭が重くて仕方がなかったけど、私は残業を続けた。だってあの人が頑張っているんだもの、早々にへたるわけにはいかない。今だって目線の先にいるあの人…リーバー班長は真剣な目付きで書類を睨んでいる。私が最初に出会った頃よりずうっと眉間のシワがキツくなった。

「班長、そろそろ休みましょ?」
「…ああ、お前先に休んでろ」
「そう言う時、100%班長は休みません」

鼻までずり落ちた眼鏡のまま、班長は顔を上げた。お化粧なんかしてないし、多分私も班長並に目付きが悪いと思う。それでも必死に笑顔を作った。班長も疲れた顔で私の頭を撫でてくれる。

「お前は女なんだから、休んで良いんだよ」
「男女差別ヨクナイデス」
「…なんで片言なんだよ」
「私、平気です。班長のお役に立ちたいから」
「変な奴だな」

無精髭が似合う班長は書類を一枚机に置くと、立ち上がって背伸びをした。ずっと座っていたら身体がおかしくなっちゃうんだろう。私も真似して背伸びをする。

どんよりとした空にまあるい月が出ていた。私と班長以外の班員たちは皆ダウンしてしまっていて、びくともしない。それを見渡して班長はくすりと笑った。

「ったく…いつまで経ってもこいつらには無理させてばっかだよな…」
「班長、」
「お前も、悪いな」
「…いいえ」

班長は悪くないのに。それでも彼が寂しそうに謝るから少しだけ辛くなる。
エクソシストのように戦地へ赴くことは出来ないけど、私たちだってこうして戦っているのに。最近はどこも追い詰められていて科学班への風当たりはつよい(特に私たちの一派)。班長なのにどこからも責められて、要らぬ責任を負わされてばかりで本当に辛そうなんだ。だから少しでも助けになろうと私は頑張ってみる。

「班長」
「なんだ」
「やっぱり私、休みたいです」
「ああ行って来…」
「班長と、です。」

班長の綺麗な青い目が丸くなった。

突き当たりの窓のカーテンを開けるとそこはバルコニーになっている。コーヒーの入ったマグカップを手にしたまま外に出ると白い湯気が風に流されていった。遠く、森の向こうに小さな街の光が見える。いつから私たちはこんなに遠くに来てしまったんだろうか。

「ああ、気持ち良いな」
「はい」
「でも少し寒いか」
「……」

班長の髪がなびく。無精ひげの生えた横顔は見慣れてる筈なのに、なんだか違う。こんなに近くにいるのに班長が遠く感じた。怖くなって柵に置かれた手に手を伸ばしてみる。触れた途端班長がこちらを向いた。

「なんだ、寒いか?」
「…え、あ…少し」
「じゃ、これ着とけ」

白衣がふわりと私の肩にかかる。内側は班長の体温で温かかった。少しだけ欲張って班長に身体を預けてみたら、何も言わずに肩を貸してくれた。

辛くて苦しい世界だけれど私も彼も忘れていないみたいだ、人間の体温を。これから先いつだって、班長が忘れそうになったら私が思い出させてあげようと、絡めた小指を見ながら思った。


小指をひとふり


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夜とワルツ」さまに提出しました。

若干マイナーですが、リーバー班長だいすきです。
素敵な企画に参加させてくださってありがとうございました!


碧.



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