私は好きだった女性とそっくりなんだって、あの人言ってた。「嬢ちゃんより歳はずうっと上だけど、恐ろしい程綺麗な人だったんだよ」。私はその言葉を暗唱できる。
それは結局私を褒めてるのか、その女性を褒めてるのか分からない。大体、恐ろしい程綺麗っていうのが褒め言葉なのかすら分からない。だって恐いんでしょう? そう言えば彼は困ったように笑った。1つの眼で、潰れた片目の分まで。その笑顔に全て誤魔化されてるみたいでなんか癪に触る。

「とにかく嬢ちゃんは綺麗なんだって」
「そう言って一体何人の女性を騙してきたの、狼さん」
「そんな…おいちゃんは大したこと無いよー!四木の旦那の方が…やばい」
「やばい?」
「そう。おいちゃんが知ってるだけで………」
「えっ、嘘!?」

赤林さんの指を見つめて目を丸くした。四木さんってモテるんだな…。今流行りのチョイ悪…みたいな感じで。チョイじゃなく極悪なんだけど。

「四木の旦那には気をつけな」
「うん?ああ」
「嬢ちゃん…頼むよ〜」
「あっはは!平気平気!四木さんは多分私好みじゃないから。もっとボンキュッボンが好きだから」
「ボンキュッボンって…案外古いね嬢ちゃん」

誰が赤林さんの初恋の人に瓜二つの女に惚れるもんか。しかもその人は既婚者で子持ちで化物だったって言うじゃないか。どんだけ変人なんだこの人は。全く考えてることが分かんない。でもひとつだけ分かることがある。それは、好きなのは私じゃなくて私に似たその人なんだってこと。
私は死んだその女性の代わりじゃないのよ。私は私なのよ。
こんな風にして私がひとり枕を濡らして居るのを彼はきっと知らない。私は不運にも彼を好きになってしまったから、そのジレンマから抜け出せない。この顔だから好きになって貰えた。だけど私はあなたが好きなこの顔が嫌いなの。

「お仕事お仕事…」
「しかし、一介のOLが企業スパイとはねえ」
「あらま色魔の四木さん」
「…また赤林さんの入れ知恵ですか…?」
「ちょっとしたギャグです」
「ギャグにしちゃあ悪意がこもってませんか」

ああもういっそ四木さんを好きになった方が幸せになれたかも。四木さん優しそうだし。あ、そういうところに騙されちゃうのか。危ない危ない。
ぶんぶんと頭を振っている私を四木さんは不思議そうに見ていた。

「赤林さんは随分貴女に入れ込んでいるようですね」
「そうです?」
「ええ、それはもう」
「…はあ」

それは多分…私の顔のせいだ。私が好きな人に似てるから。だから入れ込んでるんだ。赤林さんが私に優しくする度、私に笑いかける度、私は消えたくなる。



「おや、嬢ちゃんどうしたんだい?」

思い詰めた眼で彼を見つめたらふざけた口調で返された。ああ憎らしい。私はずんずんと彼に近付いて、ネクタイを掴んだ。残った片目が丸く開かれる。そのまま吸い寄せられるように傷付いた片目にキスをした。赤林さんの肩がひくっと震えた。

「…嬢ちゃん…?」
「あの人より先に会っていたら私を好きになっていた?」
「…え?」
「なんて、愚問ね。彼女があってこその私だもの」

ああもう私の心は花でいっぱいなのに。あなたが好きだと咲いているのに。私はもう溺れそうなくらいなのに。この花は誰にも見られずに枯れて行くんだ。

唐突に赤林さんの腕ががしりと私の背を掴んだ。そしてぎゅうっと抱き寄せる。何が起きてるのか分からなくて私はぱちぱちと瞬きをした。

「そんな寂しいこと言わないでくれよ」
「…え」
「嬢ちゃんが悲しそうだとおいちゃんも悲しい」
「赤林、さ…」
「おいちゃんはさ、嬢ちゃんの言う通り狡い男だけど、それでも良いのかい?」
「…良い」

救いの手は伸ばされているのに、私はますます溺れそうになった。赤林さんが優しいから、ちょっとだけ私は私が好きになった。



「赤林さん」
「おや、色魔の四木さん」
「やはりあなたの入れ知恵ですか」
「なんのことです?」
「…そんなことより。何故彼女に嘘をついたんです?」
「………」
「あの女とそっくりだなんて」

「…はは、嘘でもつかなきゃ本気になっちまうからさ」
「もう手遅れじゃないですか」
「違い無いねえ…」



花畑に溺死


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流星図鑑」さまに提出しました

狡い大人のきらきらしてる恋が書きたかったのでとても楽しかったです。
素敵な企画に参加させて頂いてありがとうございました!


11.19.碧





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