あの人があんまり綺麗だから、私はいつも夢を見てるみたいだった。こんなに幸福な夢ならば覚めて欲しくない。ずっとそう思ってた。 「…寒いですね」 「そうですねえ…」 山南さんの吐く息は白く冬の夜風にとけていった。寒いと言うくせにこの人はまるで作り物みたいに表情を変えない。ずっと綺麗なままなんだ。 私と山南さんの逢い引きはいつの間にか夜だけになってて、夜明けと共に私は山南さんの元から逃げ帰る。此れでは平安貴族みたいですね、なんて冗談を言ったこともあったけど、それでは真逆ですと笑う山南さんがあまりに寂しそうだったから二度と言わないことにしていた。 「手を…」 「はい?」 「手を貸してごらんなさい」 「?…はい。」 言われるままに差し出せば、私の手より綺麗な白い手が私のそれを包み込んだ。そしてはーっと暖かな息がかけられる。じんわりと伝わる温かさに私は目をぱちくりさせた。 「相変わらず冷たいですね…貴女の手は」 穏やかに笑うことはなかなか無くなってしまったけれど、原田さんや永倉さんが言うほど真っ黒なんかじゃない。山南さんはいつだって隊の事を一番に考えて尽力してきた。目くじらを立てて怒るのも全部新撰組を愛するが故なんだ。 「山南さん」 「なんですか?」 「どうかしたんですか」 「……貴女にはかないませんね」 今更だ。山南さんが大好きで、山南さんより大切な人なんて居ない。そうじゃなきゃ京までついてきたりしないもの。あの薬を飲んで、昼間は動けない身体になっても私はこの人から離れられなかった。 「…恐ろしいのです」 「え?」 「いつか貴女の前で発作が出たら、と思うと…」 「…山南さ…」 山南さんは少しずつ、でも確実に壊れてく。彼が今まで積み上げて来たものは支えを失って、日に日に崩れてゆく。それをただ見ているだけの私はひどく不甲斐ない。 出来るなら山南さんを困らす全てを斬って、この手を引いてどこか遠くに逃げてしまいたい。でも彼がそれを望まないから、私はそれができない。理想と現実の間で板挟みにされて息ができなくなりそうだ。 「私は構いませんよ、たとえ共寝しているときに壊されたって。」 「…共…っ…そんなことを軽々しく言うものではありません!」 「今更じゃないですか、」 なにもかも。 そう言えば山南さんは私を包み込むように抱き締めた。こうして貴方に殺されるならちっとも怖くない。ただ神経質なこの人の事だから私を殺したら余計おかしくなってしまいそうで、それだけは怖かった。 「だから、そう簡単には壊れませんよ」 「…ええ」 「そんなに寂しそうな顔、しないで。」 「山南さんと居る間は幸せな夢なん…」 言い終わる前にぱたん、と寝床に倒された。痛くないようにそっと。ああ、どこまで行ってもこの人は悪役になりきれない。酷いことを言おうとも、憎まれようとも、端々に見える優しさが…消えない。 私を見下ろす山南さんはそれはそれは美しくて儚かった。ずっと一緒に居られたら良いのに。そう願っても彼の内側を蝕む物は止められない。それならば、今だけはこうして、 「山南さん」 「なんですか」 「愛しています」 「……ええ」 「今までもこれからもずっと…」 今更ですね、と笑う彼の白い首に抱き着いた。 もう少しこうして夢を見させて、せめてその眩しい朝がやって来るまで。 夢想 ただ想ひ願ふ空想に更ける ---------------------- 「あどけない」さまに提出しました。 薄桜鬼は全体的に夢想、というイメージにぴったりなのですが、やはり大好きな山南さんで書いてみました。とても楽しかったです。素敵な企画に参加させて頂いてありがとうございました! 1.6.碧 |