にがい。

食堂で食べるケーキが甘くない。そう思うのは多分あいつが居ないせいだ。これはいわゆるケンカと言う奴で、決して避けては通れない恋人の通過儀礼のようなものだ(と何かの文献で読んだ)。

もちろん付き合いたての俺たちにとってその全てが初めてで、まだただのライバルだった頃の小さないさかいとは訳が違う。俺の世界を構成する存在が居ない今、俺の世界のバランスは崩れかけている。ケーキは喉の途中に突っ掛かったままで、俺を動かすエネルギーにはなってくれない。
どうしよう。どうすればいいんだろう。こういう時、木ノ瀬とかだったら上手くあいつをなだめてやれるんだろうか。こんな状況簡単に回避できるんだろうか。

(夜久……)

あいつは今頃何をしてるんだろう。七海や東月と仲良くやっているのかもしれない。寂しくて、苦しいのは俺だけなのかもしれない。そう思うと更に口の中のケーキが苦く感じられた。

(苦い…助けてくれ、夜久…)

分からないんだ。どうすればお前と仲直り出来るのか。お前を笑顔にしてやれるのか。多分、初めてでも狼狽えず対処出来る男は居るんだろう。だけど不器用な俺にはとうてい無理だ。

きい、とフォークが皿に当たる音がした。耳を塞ぎたくなるような不快な音だ。俺は思わず机に突っ伏した。半分ほど残ったケーキが目に入ったが、苦いケーキなんて食べる気にはなれない。


「残ったケーキ、いただきまーすっ!」

「………ん?」


視界の端で、ケーキが姿を消した。

「んー美味しいっ」
「夜久…、なんで……?」
「なんでって?」


お前、もう怒って無いのか?
机に伏したままでは夜久の表情が見えない。俺は勢いよく顔を上げた。


、ふわり
甘い味が口に広がった。驚いて目を見開くと視界いっぱいに夜久がいる。

「む、」
「これで仲直り…ね?」
「おっ、おま…今、何を…っ!?」
「え?何ってキ「いっ言うな!」」

おかしい。今まであんなに苦かったケーキが途端に甘くなった。夜久は魔法使いか何かか?


「宮地くん真っ赤。」
「う…うるさいっ!」
「でも、良かった…」
「…え?」

「仲直りできて。やっぱり寂しかったから…」
「俺もだ。」

よかった。寂しかったのは俺だけじゃなかったんだな。
悪かった、と言うと、夜久はぱっと笑顔になって俺を見た。


「もうケンカ禁止ね」
「ああ、絶対だ。俺も二度と苦いケーキを食べるのはごめんだ」
「え?…ケーキ甘かったよ?」
「…いや、苦かったんだよ…」


綺麗に無くなったクラシックショコラの皿を眺めて俺は言った。
ケーキが甘いのは、俺が俺で居られるのは、多分お前のお陰なんだな。

「…ありがとうな、夜久」
「?うん」






(クラシックショコラ)







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