あれは俺たちがまだ高校生だった頃。俺が初めて夜久の涙を見たのは多分あの時だった。我らが鬼の副部長(のち部長)が夜久の事を好きだって言うのは俺にも良く分かっていた。そして夜久が宮地の事好きだってのも何となく知ってた。だから俺は二人が幸せになれば良いと思ってたんだ。そんなある時。弓道の大きな試合があった日のことだった。試合を終えて着替えをしようと更衣室に向かっていた俺は女子更衣室の前で夜久にあった。制服を持ってうろうろしている夜久を呼び止めるとあいつは泣きそうな顔で俺を見た。さすがの俺も驚いて「どうしたんだ」と聞けば困った顔で俺を見る。

「あのね、犬飼くん」
「…!お前、これ!」

いわれの無い噂、汚い落書き。他校の女子からも人気のあるうちのメンバーと一緒に居るせいで夜久の制服は酷い有り様だった。どうして、こんなことを。夜久一人が弓道着なのも不自然だったから、俺は夜久の手を引いて女子トイレの前まで行った。幸い落書きされたのはワイシャツだけだった。俺はワイシャツを脱いで中のティーシャツだけになる。

「ちょっとでかいけど、これ着てろ。まだ表彰とかあるだろ」
「でも、犬飼くん…」
「俺は気にすんな。へーきだから」

にっ、と笑って見せれば夜久は頷いてトイレに入っていった。まったく許せねー。何でこんな卑怯なことすんだよ、と思った。しばらくしてトイレから出てきた夜久は扉を半分くらい開けて消えそうな声で俺に言った。ごめんね、犬飼くん。ごめん。私が強ければこんなことにならなかったのに。
ぼろぼろと涙を流す夜久の手を引いて俺は皆のところに戻った。泣くな。お前はちっとも悪くない。お前が謝らなきゃいけないことなんかひとつもないんだ。そして手から伝わる熱に気が付いたんだ。何だ俺夜久のこと好きなんじゃん。結局俺は宮地と夜久の幸せなんか願ってない。そんなことを言い訳にしてるずるい奴なんだ。




「…んあ?」
「犬飼くん、ソファで寝てて平気?疲れた?」
「…ああ」
「なんか眉間にしわ寄せて寝てたけど」

髪を纏めた夜久が楽しそうに笑う。さっきまでテーブルの上にあった皿はどれも全部綺麗に洗われていた。しまった、けっこう寝てたみたいだ。エプロンを取ったばかりの夜久が隣に腰掛ける。

「どうかした?」
「…いや、ちょっと。昔の夢見てたわ」
「昔の?」
「試合でさ、嫌がらせされたことあっただろ?」
「ああ…」

やべ。良い思い出のわけねーのに思い出させちまった。あの後宮地と金久保部長と木ノ瀬も一緒に犯人探ししたっけ。俺はもう自分の事で一杯一杯でそれどころじゃ無かったけど。

「あの時、犬飼くんが助けてくれて良かった」
「…おう」
「だって私、あの時犬飼くんが好きなんだって分かったんだよ?」
「え…?」

あの時から俺はずっと気持ちを意識してしまって大変だった。宮地を好きな夜久を見ながら生きてきた、と思ってた。それなのに…俺が好きだった?どういう意味だよ?

「そりゃもちろん宮地くんが嫌いだったわけじゃないよ?でもね、犬飼くんが好きだった」
「…まじかよ」
「へへ、まじだよ」

なんだ、馬鹿だな俺。大学生になってやっと気持ちが通じたとか思ってたのにこいつはずっと昔から俺を好きで居てくれたんだ。本当に馬鹿だ。
隣で暢気に笑ってる夜久をがばっと抱き締めた。びっくりしたらしい夜久が「きゃっ」と小さく声を上げる。俺んちのシャンプーの匂いがする。でも変だな、俺より良い匂いだ。

「い…犬飼くん?」
「うん」
「どうしたの?大丈夫…?」
「なあ夜久」
「なに?」
「俺もうお前に好きだって言って良いんだな」
「?うん」
「宮地に気ぃ使ったりとかしなくて良いんだな」
「気、使ってたの?」
「だいぶな」

好きだよ夜久。高校んとき後込みして言えなかった分まで言ってやる。素直じゃない俺はお前に随分可愛くないとか女じゃないとか言ったけどあれは全部反対なんだぜ?好きって言えなかったのを誤魔化してあんなこと言ったんだ。だからそういうのの分全部今言わせてくれ。

「好きだ、月子」
「…改めて言われると何だか恥ずかしいね」
「改めて言うのも恥ずかしいよ」
「本当だね」

聞きたいことや言いたいことはたくさんあるけど今は良いか。ちょこっと頬を染めた夜久が嬉しそうに笑うから、俺もつられて笑っていた。


今なら素直に好きといえる

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未来予想図」さまに提出しました。

犬飼くんが大好きです!!月子ちゃんも大好きです!!その愛をいっぱい込めてみました。
素敵な企画に参加させてくださってありがとうございました。


7.28.碧


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