彼を好きになったのはいつだったか、私はそれを正確に覚えていない。だけど確かに私は彼を好きだった。だからこそ彼のそばに居たのだ。ずうっと、昔から。そしてそれと同じくらいに彼も私を好きだったらしい。

「立ったまま寝るとは…相変わらず器用ですね貴女は」
「寝てないよ」
「おや、そうですか?」

メフィスト・フェレスは悪魔、である。まごうこと無き純粋な悪魔。そんな彼と私がなぜ知り合ったのか、などということは語るほどのものではない。知らぬ間に私は彼の隣に常在するようになっていた。
メフィストがにやりと独特の笑顔を浮かべて私を見た。その瞳を目にした瞬間目眩がどっと襲ってくる。危なく倒れそうになる身体を無理矢理支えて大きく深呼吸した。大丈夫、これくらい耐えられる。私は元々妖気やら霊気のようなものに敏感な体質で、本当は彼のそばに居るだけで辛い。メフィストの持つ魔力は並大抵の物ではないから、その魔力にあてられて目眩やらなんやらを引き起こすのだ。前にも一度それで倒れたことがあったけど、その理由は話していない。倒れた私を見た時の彼の顔が酷く辛そうだったから。

「…どうかしましたか?」
「何でも、ないの」
「顔色が悪いですよ」
「そう?」
「ええ、すごく…」

大丈夫よと言って笑ったらメフィストは何だか悲しそうな顔をした。本当の事なんて言えない。だって何故だかこの人私にだけ馬鹿みたいに優しいんだもの。他の人みたいに手駒のように扱ってくれたならいくらかマシだったのに、メフィストは私を好きにさせるような行動にしかでなかった。それは多分無意識なのだろうけど、すごく、ずるい人。

「座りますか?」
「ううん、いい」
「……」
「メフィスト…?」
「あ、いや。少し待っていてください、飲み物でも出します」
「ありがとう」

メフィストがそう言った辺りで得体の知れない何かがふわふわと飛んできた。綺麗な蝶々みたいだったから眺めていたら、酷く嫌な感じがした。頭痛も酷くなる。これ、もしかして悪魔…?

「伏せろ!」
「…っ!?」
「アマイモンを入れたときに入ってきたのか…フン、良い度胸だ」
「……!」

ぐわっとメフィストの魔力が高まるのを感じた。途端に息が苦しくなって喉の奥から鉄の味が込み上げてくる。私は耐えきれなくってその場で床に倒れ込んだ。悪魔を相手に戦おうとしていたメフィストは目を丸くして私を見る。そしてこちらに駆け寄って来た。

「どうしたのですか!?」
「メフィ…」
「あなた、やはり私の魔力にあてられて…!」
「知って、た…の、」
「……っ!!」

メフィストの顔がみるみる歪んでく。未だふわふわと飛んでいた悪魔を一撃で粉々にすると、掬い上げるように私の身体を抱き上げる。メフィストとの距離が近付いて私はまた酷い咳をした。身体をびくっと震わせてメフィストは私から離れようとする。

「いいわメフィスト」
「…しかし」
「ここに居て」
「それではあなたが」
「メフィスト、」

私は弱いからあなたのそばに居る力が無かったのね。だけどあなたは強いから私が目の前で死んだとしても生きて行けるわ。
私はメフィストに手を伸ばした。もうちょっとだけもってほしい。あと少しで良いから私、彼のそばに居たい。

「…前に倒れたのも私の魔力のせいだったんですか」
「ええ」
「何で、言わなかったんです」
「言ったらそばに居られないでしょう?」
「馬鹿、か…お前は…!」

にわかに言葉使いが荒くなる。ああ、彼も本気なんだわ。しかも出来る限り魔力を抑えてくれてるらしい。それでも私の身体はぼろぼろと崩れてゆく。

「あ、あ…」
「メフィスト」
「何故人間はこんなに弱いのだ…」
「ごめんなさい」
「それとも私が強すぎるのか」

たまたま弱すぎる私と強すぎるあなただったから、こうなってしまったんだろう。

「ねえメフィスト」
「何です」
「ぎゅうっとしてくれる?」
「…そんなことをしたら、」
「もう、良いのよ」

あなたの腕で死ねるなら。
長身のメフィストは抱え込むように私を包んだ。息苦しさと目眩が酷くなってそれから何も感じなくなった。
もしも次に私が強く生まれてきたなら、もう一度愛してくれる?もう一度隣に置いて笑いかけてくれる?
ぎゅう、とメフィストの腕に力が入った気がした。


「もちろんですよ」


いつか君が笑えなくなったなら


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青に落ちた日」さまに提出しました。
人間くさいメフィストが書きたかったのでとても楽しかったです。異種間恋愛は良いですよね…!
素敵な企画に参加させてくださってありがとうございました。

7.27.碧


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