いわゆる拒食症、今だったらそう呼ばれるようなもの。それを病気だなんて私知らなかった。 なんでか昔から食事をするのが下手だった。何を食べても私の胃は受け付けなくて母は嫌気がさしたらしい。彼女は気味悪がって早々に私を捨てた。多分私の栄養になるものなんて無いんだ。ずっとそう思っていた。だけど彼に出会ってから私の身体は食事を受け付けるようになった。 「ゆっくりで良いですよ。貴女の好きなだけお上がりなさい」 ふわりと優しい声が心地よい。彼、山南さんはそう言って自分のご飯を口に運んだ。どうして私がこの人の元に流れ着いたのかとか、なんでこの人に見られていると食事ができるのかとか細かい事は良く分からない。だけどただ私は山南さんと共にいれば生きていけた。 「最初に比べたら随分箸が進むようになりましたね」 進歩するというのは素晴らしい事ですと山南さんは笑って私の頭を撫でた。日ごとに食事の量が増えてるかなんて私にも分からない。それでも確かに山南さんは進歩したと褒めてくれる。 彼の毎日がどんな風で、どんな扱いを受けてるのかは何となく知っていた。邪魔者扱いされ、目の上のたんこぶみたいに言われているのも。屯所内で誰と居ても彼の話は煙たがられるから。 山南さんはいつだって私の食事に付き合ってくれる。なんでこんなに優しいのにみんな気付かないんだろうか。 「食事中によそ見はいけませんよ」 「え?あ、すみません」 「何を呆けて居るのです?」 「…あ、いえ………ただ、」 「山南さんが居なくなってしまったら私はどうなるのかと思って…」 ずっと考えていたことだ。もしも山南さんが私の前から消えてしまったら、私はきっとまた食事が出来なくなる。こんな風に生きていけなくなる。そう言ったら山南さんが箸を取り落とした。驚いて山南さんを見ると、彼は我に返ってすぐに箸を拾った。 「すみません、私としたことが…」 「山南さん…?」 「は、い?」 何かある。絶対にそうだ。平生、粗相なんて絶対にしない山南さんがお箸を落としたんだから。一体なんなんだろうか。 「…さ、」 「無責任に貴女を拾うべきではなかったのは分かっています。」 「え…?」 「しかし、私は貴女を拾ってしまった、」 そしてまた捨てることになってしまう。 山南さんは綺麗な眉を寄せて悩ましげな表情を浮かべた。それでやっと私は理解した。別れが来るのだと。 「山南さん」 「けれどこれは私の戦いなのです、貴女を巻き込むわけにはいかない」 「…さ」 「ですから…」 私はこの人にこんなにも助けて貰ったのに、私はこの人になんにもできないのだろうか。彼は私の命の恩人なのに。 「山南さん、大丈夫…私は大丈夫です」 「………」 「きっと貴方が居なくてもきちんと食べますから、生きてきますから」 山南さんは黙ってこくりと頷いた。 生きていける自信なんて無かったけれど、それで彼の助けになれればと思った。きっと私の嘘などお見通しなんだろうけど、それでも私を信用してくれた。 そして彼は私に優しさだけをのこして最期の地へ行ってしまった。 案の定山南さんが居なくなってしまってから私はまた食事が出来なくなった。何度彼を思い出そうとも箸を握ることすら出来ない。私はこうしてじわじわと死んで行くのだろうか。 あるとき、仙台から帰還した千鶴ちゃんが私の元へやって来た。そっと渡された小さな包みが最初は何か分からなかったけれど、手に触れた瞬間涙が溢れた。出来る限りかき集めてきたという山南さんであった灰は、不思議とじんわり暖かかった。 「…山南さん、」 灰を掬って私はそれを一息に飲み込んだ。少しずつ身体中がじわりじわりと温まる。不思議とお腹が空いてきて、私は泣きながらご飯を食べた。これはきっと山南さんが助けてくれたのだ、そう思ったら涙は止まらなくてご飯は味が分からないくらいしょっぱかった。 あたたかな死 --------------------- 「silencio」さまに提出しました アニメの最期が印象的で、大好きなのでそれに少し準えて書いてみました。素敵な企画に参加させて頂いて本当にありがとうございました。 3.11.碧 |