あるところに悪魔に見入られ、声を奪われた少女が居た。彼女は声を差し出す代わりに悪魔と不死の契約を結んだ。少女は年を取らない。少女は少女のまま。魔神の玩具だった少女はいつしかその子供の手へと渡り、彼女の知らぬ間に寵愛されていた。




「ここが新しい私の部屋ですよ。あなたもこちらにいらっしゃい」

「ほうら、」

そう言ってメフィ…メフィスト・フェレスは私に手を差し出した。私はずっと彼の側に居る。最近露骨に増え出したフィギュアとやらなんかよりずっと前から。
メフィは私の口を読んで言葉を読み取る。私と同い年だった子供が一度死んでもう一度死んで三回目の人生を歩み始めるくらいの時間を掛けて、メフィと私は完璧に意思の疎通が出来るようになった。

「(メフィ)」
「何ですか?」
「(おなかすいたよ)」
「ああ、そうですね。お昼にしましょうか」
「(うん)」

メフィの出すご飯は甘いものが多いけどもう慣れてしまった。そりゃあ随分長い間食べて来たのだから。ケーキを食べ終えて長椅子にちょこんと腰掛けていると突然メフィが呟いた。



「あなたの声はどんなにか美しかったんでしょうね」

思わず聞き返してしまいそうになった。メフィがそんなこと言うなんて思わなかったから。何か変なものでも食べたんだろうか。可笑しなメフィ。

「父上は決してあなたの声を私に聞かせてくれなかった」
「(そういうけいやくだもの)」
「私だってそれなりの悪魔ですよ?」
「(うん、そうね)」

メフィは立派な悪魔なんだって知ってる。だけどやっぱり魔神には敵わない。魔神さまに奪われた私の声は魔神さまのモノなのだ。だからメフィも私の声を知らない。

「一度で良いからあなたの声を聞いてみたかった。それ以外は全て私のモノになったというのに…」
「(そういうもの?)」
「そういうものです」

どうやらとっくに私はメフィのものだったらしい。嬉しいような哀しいような変な気分。魔神に捨てられてその息子に愛されて。なんだか良く分からなくなってくる。

私の無くした声に未練など無いけれど、メフィが変なこと言うから声のことを思い出してしまった。持ち主だった私すら覚えていない声。一体私はどんな声だったっけ。とても魔神が欲しがるような声だったとはとても思えないけど。


「(メフィ)」

彼の名前を呼んだつもりだった。だけどメフィは私の方を見ていなくて、問いかけに気付かない。私は名前を呼んでいるのに、メフィは気付いてくれないのね。私にはメフィしか居ないのに。ああ、声が無いってこんなに寂しい事だったっけ。

「(メフィ、ねえメフィったら)」
「え、あ、はい?」
「(おねがいがあるのよ)」
「何ですか?」
「(サタンさまのところにつれていって)」
「…え?」


私は魔神に会いに行った。彼に会って言いたい事があった。私が望むのはひとつ、契約の破棄だった……



「メフィ!!」

声を上げて彼に駆け寄ると、メフィは目を丸くした。信じられない、とでも言うようだ。"立派な悪魔"が形無しだった。
私はメフィに抱き着いて彼を見上げる。そして一生懸命笑った。

「…声が、戻ったのですか…?」
「うん。サタンさまにたのんで!」
「父上がそう簡単に声を戻すとは…」
「だからね、けいやくをはきしたのよ」
「破棄…?」

勘の良いメフィがそんな簡単な事に気付かぬはずがない。きっとすぐに理解する。契約の破棄がどういう意味なのか。
思った通り、すぐにメフィの顔が青ざめた。メフィは乱暴に私の肩を掴み、揺らす。

「何を馬鹿な事を!!」
「ばかじゃないよ」
「声を戻すということはあなたに与えていた不死の力を奪うと言うこと!そんなことをしたらあなたは…」
「もういきつづけるのにくたびれちゃったの」
「勝手に何を言って…」
「これでぜんぶ、メフィのものだよ」
「……ッ!!!!」

愛され続けているうちに私も彼を愛していたみたい。メフィが望むなら叶えてあげたい。一瞬でもあなたのものになりたい。

「ねえメフィ、わたしのこえ、きれい?」
「ええ、それはもう。父上が奪ったのも頷ける」
「ほんとう?」
「本当です」

メフィは自分の腰くらいまでしかない私の身体をぎゅうっと抱き締めた。何だか泣いてるみたい。変なの。

「メフィ、だいすきよ」
「私もです」
「メフィ」
「ああ…、もっとあなたの声を聞かせてください……!」
「メフィ、すきなの。あなたがわたしをひろってくれてよかったわ」
「何故!何故あなたは死を選んでしまったのだ!」
「だってねえメフィ、わたしもあなたのなまえをよびたかったから」
「……!」

「さようなら、メフィスト。」


悪魔に寵愛された少女は悪魔との契約を解いて消えてしまった。長い月日を重ねた少女の身体は一気に朽ち果ててしまったのだ。少女を失った悪魔はまた同じだけの月日を泣き暮らした。

結局少女を知るものは長い生涯、二人の悪魔だけであった。


ざわめくひみつ帖


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むしゃむしゃ書房」さまに提出しました。
前回参加させて頂いた際はふわふわ幸せな感じだったので今回は少し切な目にしてみました。
素敵な企画に参加させてくださってありがとうございました!

8.22.碧


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