さらさらと指の間を流れてゆく黒髪をゆっくりとすく。ああ私もこんな美しい髪に生まれたかった、と何度言ったか分からない言葉を呟いた。黙って私に髪を弄られている本人は少しだけ笑った。


「男の髪を褒めてどうするのですか」

その声色は微かに雨が降る前の空のような寂しい空気を纏っている。いつもそうだ。この人は誰よりも隊を愛し、仲間を愛しているのにそれを汲んでもらえずに一人で何処かに消えてしまう。そんな彼を繋ぎ止めたくて世話役を買って出た。余計なお世話、と露骨に私を拒否していた彼も最近は受け入れてくれているようで、私の前で笑うようになった。


「あなたは……今日はなんだか元気がありませんね」
「…ちょっと頭痛がするだけですよ」
「それはいけませんね、今日は帰りなさい」
「でも、」

でも、ではありませんよと山南さんに制されて私は山南さんの元から離れた。いつも通りに接した筈なのに彼はどうして分かったんだろう。私はそんなに具合の悪そうな顔をしていたんだろうか。
自惚れる事なんかとても出来なくて自分に非がある方向で私は事を片付けた。



「やあ、」
「ああ沖田さん」

珍しいねえと彼は言う。たぶん沖田さんは私の事を良く思ってないのだろう。その瞳から疑いの色は決して消えない。私は私で沖田さんの事は苦手だった。

「君、今まで何処に居たの」
「…何処でしょうね」
「ああ、また山南さんのところ?」
「知っているなら聞かないでください」

「随分と生意気だね……殺すよ?」

氷のように冷たい声だった。沖田さんが刀の柄に手を添える。




キン、
刃と刃がぶつかる音がした。私は目を丸くして月夜に光る二つの刃に見いる。さらさらとさっきまで触れていた漆黒の髪が揺れていた。

「山南、さん…」

沖田さんが目を細めて私と山南さんを見比べる。きっとこの人は本気で私を斬るつもりだったんだろう。しかしすぐに刀を鞘に納めた。

「彼女が何か粗相を?」

「…いや、何でもないですよ山南さん」
「そうですか」


山南さんは私の肩を押すと「行きますよ」と小さく囁いた。背中に沖田さんの視線が突き刺さっていて痛い。それでもぐいぐいと山南さんに押されて私たちはその場を離れていった。




家まで送ります、と言ったきり山南さんは黙ったままだった。流石に新撰組一番隊隊長殿に突っ掛かったとあればお咎めが有るんだろうか。ちらりと山南さんの顔を見やると、綺麗な額にシワを寄せている。
ああ困った。お咎めなんて怖くはないけれど山南さんにご迷惑をかけることはできない。どうしよう。もしかしたら私はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。

「あ、の…山南さん」
「なんです」
「ご迷惑、お掛けして申し訳ありません」
「…何がですか」

山南さんはきょとんとした顔をしていた。暗いけれど月明かりで良く見えるのだ。

「私、沖田さんに突っ掛かって…」
「そんなことは関係ありませんよ…それより貴女に怖い思いをさせてしまった。」

私が小さいせいで必然的に相手を見上げる形になってしまう。じっと彼を見つめていると、また耳元で囁かれた。


「あまり私を心配させないでください」


良いですね、と言った山南さんの表情がどこか寂しそうで、心底不安そうで私の心臓がことりと跳ねた。
そんなに心配してくれたのだろうか。私の事をそんなに想ってくれているのだろうか。だって私はただの世話係で、山南さんは憧れで…だけどとっても遠いはずの人。私ごときがお慕い申し上げるなんて許される事じゃ………


「山南さん」
「なんでしょう」
「あの…」
「はい?」
「お…」


「お慕いして良いですか?」


「何を今更、」

私は真っ赤になってうさぎみたいにぴくんと震えた。




加速する純情と鼓動



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ララバイ」さまに提出しました。

ヒロインも純情ですが実は山南さんも純情だと(勝手に)思います。沖田さんが悪いやつですみません…

参加させてくださってありがとうございました!


10.06.碧


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