「助けて欲しいかい?お嬢ちゃん」

まるで悪魔のように微笑む彼の手を取ったのは偶然か、それとも必然か。冷たい目をしたその男の手がやけに温かかったのを良く覚えている。白いスーツに赤いシャツ姿と杖、あと傷付いた右目。そんな男でもすがらないよりはましだと思った。

「たすけて」





ぎ、と重い音をさせて錆びたドアが開いた。彼は埃っぽい部屋に入って窓を開ける。途端に強い風がふわっと入り込んできて私はくしゃみをひとつした。

「良い部屋だろ……ちと汚いけどねえ」
「…ううん、いい。」


文句は言えない。助けてもらって、しかも匿ってもらえるんだから。だから私はすぐこの部屋を好きなった。どう考えたって前に居たところより100倍はマシだし、なんかちょっと安心する。彼は煙草に火をつけていた。

「あ、そうそう、おいちゃんは赤林さんってんだよ」
「赤林さん」
「そう」
「……私は、」
「お嬢ちゃん」
「…?」

ほら、と缶ジュースを投げられて会話を中断した。あ、林檎ジュース。ラッキー。彼…じゃなくて赤林さん、はもうひとつのジュースをプシュッと開けていた。いつの間にジュースなんか買ったんだろうか。そんな疑問を抱いている間に赤林さんはジュースを飲み干して床に置いた。それからがたがたと押し入れを漁り出す。

「なにしてるの?」
「いや…布団が、ねえ…」
「ふとん?」
「…いっこしかない。」

布団がひとつしか無いと何か不都合なんだろうか、と思って赤林さんを見上げると彼は色眼鏡越しに私を見下ろした。

「当分おいちゃんもここに泊まろうと思ったんだけどね」
「ああ…それならふとん、赤林さんが使って」
「…そうもいかんだろう」
「いいよ、私座って寝る方がすきだから」

そんなことよりかびくさい布団をベランダに干した方が良いかも、と言うと赤林さんはすぐに布団を持ち上げた。もともとあんまり布団で寝たことがない。狭い牢屋のようなあの場所で寝るときはいっつも座ったままだったから。





ちり、とこめかみに痛みが走って顔をしかめた。
暗い部屋の中で目を覚ますとどうやら毛布を掛けて貰ったらしく、私はふわふわしたものに包まれていた。あったかい、と横を見ると赤林さんが布団に寝ていた。傷のある右目が痛々しい。しばらくそうして眺めていると赤茶の髪がざわっと動いた。

「…なんだいお嬢ちゃん」
「これ…痛かった?」
「これ?…ああ目かい?」
「うん、目。」

赤林さんは寝たままそっと右目を撫でた。まるで愛しい物にでも触れるように。

「もう覚えちゃいないねえ」
「…そう」
「お嬢ちゃんは」
「へ?」

「痛い、かい?」

どうやら私の素性はとっくにバレていたらしい。そりゃそうか。多分この人も私の情報目当てに私を捕らえたのだ。うっすらそんな気はしていたけど。暗い暗い地下の実験室から抜け出せば私の居場所など無い。私を追う人間と、私を利用しようとする人間。つまり敵だらけだ。
赤林さんは私のうでを捲った。途端に姿を表す気持ちの悪い、うで。


「しこたま薬打たれたのかい?」
「………」

私は所謂「実験動物」というやつなのだ。某大手製薬会社の開発途中の薬品を試すための道具。故に会社の深い情報を持っている。だから会社の人間には追われ、他の組織からは利用されるというわけだ。

それをこの人はとっくに気付いていたらしい。


「酷いことするねえ…せっかくの綺麗な肌に」


でもどうしてかこの人は今まで会ったどの人間とも違う。実験動物にどうしてそんなこと言うの。綺麗だなんて。痣だらけの醜いうでなのに、どうして。泣きそうになって私は彼の名前を呼んだ。


「赤林さん」
「んー?なんだい」
「赤林さんは、」

ああきっとこの人は怖い人なのにどうしてこんなに優しいんだろう。私なんかに優しくしたって良いことなんかないのに。変な人だ…ものすごく。

「お嬢ちゃん?」
「…怖い人なのに怖くないね」
「ふっ、そうかい」

色眼鏡のない優しい眼で頭を撫でられた。私がされるがままになっていると赤林さんは私のくるまっていた布団を引き寄せて私の腕を引いた。


「やっぱりお嬢ちゃんも布団で寝た方が良い」

「…………うん」




それは初めて知った人の温かさだった。


しょっぱい水の名前はなあに



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crycrycry」さまに提出しました。
マイナーキャラすみませんw赤林さんとトムさんで悩みました。
素敵な企画に参加させて頂いてありがとうございました!


thx:sting

9.23.碧


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