ひっそりと佇む離れの一室にそのひとは眠っていた。昼の間まるで作り物のように眠るそのひとの側に私はいつまでも座っている。お世話役、とは名ばかりの体のよい監視役。そんなことは私も、そしてきっと彼も理解している。



「…居たのですか」

ふっと、空気に溶けてしまいそうな声がして、私はぱっと顔を上げた。少し困った風に笑う様子はまるで「また、監視ですか」と言うようで、私の胸元がちくりと痛んだ。


「気分はどうですか山南さん」
「…そうですね、悪くはありませんよ」

彼は決まってそう言うのだ。悪くはない。つまり良くもない。ぼんやりと天井を眺める山南さんの視線がやがて私をとらえた。

「あなたは、これで良いのですか」

ゆっくりと起き上がる山南さんの身体を支えながら私は聞き返した。今、なんと。

「あなたのような若い女性がこんなところで時を無駄にしていてはいけません」

「…は、」


「私と居たらあなたは幸せになんてなれません」

確かに私は山南さんを楽にしてあげたり、不思議な力を持っている訳では無いけれど。特別役に立てる自信も無いけれど。山南さんと一緒に居る時間が無駄だなんて思ったことは一度だってありません。私はいつだってあなたの側に居られるのなら幸せなんです。


「山南さん」
「…なんでしょう」
「私と居る時間は無駄ですか」

「…山南さんは私がきらいですか」


すきま風が障子の間から私たちの横を通って窓へ抜けていった。きっと外は紅葉やらなんやらが鮮やかに色を変えているのだろうけど、この部屋はただひたすらに白く冷たかった。


「…あなたは酷いひとですね」
「………」
「もう人間でも化物でもない私を鮮やかに染め上げてしまって、」

「放してはくれない」


黒く艶やかな髪が揺れて、眼鏡の奥の瞳が私を見つめた。ああ、このひとは生きているのに何故みんな顔を背けるのだろうか。こんなにも美しく、強いのに、どうして。

「いつあなたの前で正気を失うか解らないのですよ」
「はい」
「あなたを傷つけるどころか殺してしまうかもしれない」
「はい」


それでも構いません。
まっすぐ見つめ返すと、彼はふっと笑った。このひとはこんなにも無邪気に笑うのか。




「…やはりあなたは酷いひとだ。」


そっと唇を塞がれた。私は驚いて目を大きく見開く。一方の山南さんは髪を耳にかけながらまた口を開いた。


「けれど私もまた酷い男ですから、」

「あなたを幸せにしてはあげません」





「あなたを放してはあげません」


そう言って山南さんは私を抱き寄せた。跳ね上がった私の心臓が山南さんの身体に飲み込まれてしまいそうで、私は息を止めた。




呼吸を食べて




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誰かの」さまに提出しました。
素敵なテーマと素敵なお題、そしてだいすきなキャラで作品を書くことができて幸せでした…!本当にありがとうございました。

9.14.碧


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