あれは私の口癖だった。


―…船長、私のために死んでください。


「俺に命令するなと何度…」
「命令じゃありません、お願いです」
「ふざけるな」
「私はいつでも真面目です」

そう言えば船長は私を鼻で笑う。まるで私がいつも馬鹿やってるみたいだ。失礼な。

「馬鹿やってるだろ」
「あれっ…口に出てました?」
「お前が真面目なら世の中に不真面目な奴なんか居ねーよ」
「…ひ、ひどい…!」

いつだって船長は私の口癖をまともに聞いてくれなかった。酷い人だ。私はいつだって真剣だったのに。

そもそもどうして私がこの偏屈な船長の船に乗ったのか。理由はひとつだ。私は最初っから船長のことが好きだったんだ。濃すぎる目の下の隈も、俺様なとこも、偏屈なとこも好きだった。それをきっと船長は知っているんだと思っていた。

「船長ー!今日もかっこいいですね愛してる!」
「………」
「わたし、世界に私と船長と火拳しか居なかったらちょっと悩んで火拳を選びますよ!」
「そこは俺だろ!」
「…嫉妬ですか船長…!!!」
「っ、てめえ…わざとか!」
船長や他のメンバーたちと過ごす毎日は楽しくて私は半分海賊ということを忘れていた。このままずっとこうしていられたらと思っていた。




…まあ、そんな願いは叶わないわけで。


ある時船が海軍に襲われた。こんなに平和にしてるんだから何もピンポイントにうちを襲わなくても、と思う。




「…退いとけ」
「はーい」

船長の能力は怖くないけど船長的には私を巻き込みたくないみたいで(確かに仲間の身体がバラバラになるのは見たくない)、戦うとき大抵そう言われる。私は少し離れたとこで船長の様子を見ていた。

(…相変わらず強いなあ、船長…)


海軍兵達が悲鳴をあげている。エグい。

「怯むな、討て!」

わらわらと他の奴等も船長めがけて飛びかかって行った。咄嗟に私も応戦する。

「後ろだっ!!!」
「え…」

船長が私に叫ぶ。船長が私の背後の敵に気をとられている間にもうひとりの敵が船長に迫っていた。…つまり、私に襲ってきた奴は船長の気を反らすための罠だったんだ。

「船長、こっちは囮…!」


ざばん、
嫌な音がした。海兵が海に落ちた音じゃない。これは多分、


「船長…っ!!」



迷わず私は船長を追って海に飛び込んだ。

一瞬水面に浮かぶ白い帽子を見えたけどすぐに海面が迫って来たから確認する余裕が無かった。誰かが気付いて浮き輪を投げてくれれば良いけど。

「ゴボ…ッ」
「船長!」

早く引き上げなくちゃ。白い気泡がぶくぶくと浮かんでくる。

船長の唯一にして最大の弱点は私だってよく知っていた。強くはないけどこれなら私でも助けてあげられる。
まっ逆さまに沈んで行く船長を見付けて引き上げた。服を着てるせいで重いけどそんなこと言っていられない。ぐったりと絡み付く腕に私の頭が冷めていく。


「…ゲホッゲホッ…」
「へーきですか船長」
「…ああ」

上で戦ってる皆は私たちが落ちたのに気がついてないみたいだ。平気だと言いながら船長は死にそうな顔をしてる。まったく、船長は強がりなんだ。
服の裾を破って船から垂れ下がる縄に船長の身体をくくりつけた。


「あ、船長っ!」

船員の誰かが気が付いたらしい。良かった、助かる。

そう思った瞬間、私の身体が重くなった。何が起きたのか分からなくて必死に手を伸ばす。船の上から落ちてきた武器か何かが私の足に引っ掛かっているみたいだった。

「せん、ちょ…」
「おいっ!」

船長が私の腕を掴んだ。と同時に船長をくくりつけていた縄が軋む。これじゃあ船長まで道連れだ。

「放すなよ、もう少しで助けが」
「船長」
「私のために死んでくださいってあれ、嘘です」
「…お前、何言って…」






「私なんかのために死なないでください」

私は青い海に沈んだ。船長の腕が水面で蠢いている。ああこんなにも海は綺麗だったんだ。こんな海に沈めるなら死ぬのも怖くない。ごぼごぼと溢れ出る泡の音と一緒に、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

船長、私のだいすきな船長。



「船長…」

きらきらと降り注いでくる光に私は目を細めた。船長、わたし少しは貴方の役に立てた?わたし偉い?…ねえ、船長。



(生まれ変わったら今度は私のことを好きになってくれる?)





「なんでだよ…いつも俺に死んでくれっつってたくせに…!」


「何でお前が死ぬんだよ!!」


そうして私は船長の涙が溶けた深い深い海の底に沈んだのだった。


私のために死んでください

(嘘、)
(私なんかのために死なないで)




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最期の恋は叶わぬ恋となり散り果てた」さまに提出しました。
すきなキャラで死ネタが書けて楽しかったです!参加させて頂いてありがとうございました。

9.11.碧


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