ゆっくりと目を開く。
「ここ、どこ……」
 今度は視界に一面の緑。
 先程まで都会のコンクリートジャングルの中に居たというのに。
 一瞬で、木々が生い茂る山の中に女達は立っていた。緑の濃い匂いが鼻にぐっときた。風は涼しく、過ごしやすい気候だった。
「こちらへどうぞ」
 元凶である佐藤は、石畳が続く先へと進んでいく。その後ろを歌仙が続いた。
「……はぁ」
 女には着いて行くしか選択肢がなかった。ここはいったい何処なのか。どうやって来たのか。この歌仙という刀剣男士は何者なのか。疑問は尽きない。思わずため息が漏れる。
 五分ほど歩くと、堀に囲まれた大きな武家屋敷に辿り着いた。門を潜ると広い日本庭園に挟まれ、石畳が屋敷の入り口へと続いている。
「ここが今日から貴方の家です」
「ここがですか?!」
「正しくは刀剣男士達と過ごす本丸、ですが」
 玄関に入ると廊下の隅に見覚えのあるダンボールが積まれていた。あれは、女が社員寮が変わると聞いて荷造りしていたものだった。
「歌仙さんは突然こんな場所に連れてこられて平気ですか……?」
 咄嗟に同じ状況である歌仙に同意を求めるべく問いかけた。
「ここは庭も手入れされていてとても風流だ。申し分ないよ」
「……」
 歌仙は屋敷を見回し喜んでいた。これは寧ろ、理解しきれていない私の方が可笑しいのだろうか。
「大広間の方へ生活用品と審神者業務関連の端末や資料を用意しております。鍛冶場は西の離れにございます。後のことは歌仙、任せていいですね?」
「資材はどの位用意されているんだい?」
「着任直後なので各千ずつ。以降は定期的に能力に応じて配給するシステムです」
「成程、把握したよ」
「それでは。何かありましたら端末から連絡をお願いします」
 佐藤はスマートフォンを取り出して何やら操作すると、彼女の足元が青白く光った。光は柱のように天へ伸びると光と共に佐藤の姿が消え去った。
 もうリアクションを取るのにも疲れてしまった。これは慣れるしかないのだろう。
「さて、これからだが…」
「はいっ」
「僕だけでは戦力不足でね。まずは仲間を増やしに行こうか」
「はぁ」
「西側にある鍛冶場に行こう」
 
 佐藤の説明通り、屋敷の西側に倉と繋がった小屋があった。ここが鍛冶場らしい。中に入ると大きな炉に部屋の傍には幾つかの資材が用意されていた。歌仙が資材を量りながら流れを教えてくれた。
「鍛刀は新たな刀剣男士を迎える行為。主と近侍となる刀剣男士で行うものだ。今回は僕が近侍をやろう」
「私は何をすればいいのでしょうか?」
「それぞれの資材の使用量を決めて、この依頼札に霊力を込めるんだ」
「霊力を込める……」
 今回は初めてということで、最小量の資材で鍛刀を行うこととなった。炉の前で札を構える。
「気持ちを楽にするんだ。必ず応えてくれるから」
「はいっ」
 すうっと息を吐いて、願う。
(どうか此処へ来てください。お願いします)
 すると持っていた札が光の塵となって消えた。どうやら成功したらしい。
「後は炉の上に表示された時間待てば鍛刀は完了となる。待ち時間が惜しいので今回は手伝い札で時短させて貰うよ」
 歌仙が炉に向けて差し出した札も同じように塵と消えると、炉から眩ゆい光が溢れ出す。歌仙が現れた時と同じ現象だ。
「前田藤四郎と申します。末永くお仕えします」
「……!」
 目の前に現れたのは栗色の毛をした、おかっぱ頭の少年だった。紺色の制服に薄茶のマントを纏っている。歌仙のような成人男性が現れると思っていた為、少年の背の低さに目を丸くしてしまった。
「心配せずとも彼も立派な刀剣男士さ。僕は歌仙兼定、彼女は……そういえばまだ名前を聞いていなかったね」
「えっと」
 佐藤に言われた注意事項を思い出し、言葉に詰まってしまった。
「主君、ゆっくりで構いません。審神者としての仮名を教えてくださいませんか?」
 ここまで怒涛の展開で考える余裕がなかった為、ついつい焦ってしまう。私のもう一つの名前。
 
「……水無月」

 やっとの事で出て来たのは女が生まれ出た月の和名。その名を聞いて二振りは嬉しそうに微笑んだ。
 斯くして、此処に水無月本丸が誕生したのだった。


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