辞令。
 書類に名のある者は部署を移るようにとの通達が下った。女は入社して三か月。こんなに早く下るものなのかと文面を目でなぞりながら思った。紙には一週間後の日付を以て国史管理部へ異動するようにとの記載があった。
 
(国史管理部?)
 聞き慣れない部署に、同僚達に思わず問うてみたが何れも知らないと首を横に振るばかりであった。あまりにも急な辞令にそれ以上追求する余裕も無く、業務の引き継ぎや引っ越しの準備をしているうちに一週間は過ぎて行った。
 当日。女は指定された住所のビルへと向かった。まだ初夏に入ったばかりなのに、日差しの強さは夏なのかと勘違いしてしまうくらい強かった。日陰を求め、足早に目的の建物へと入っていった。
 そこは所謂オフィスビルというもので、建物内の案内図から自社の社名を探したが見当たらなかった。ビルを間違えてしまったかと慌ててスマホの地図を開いていると、背後から女の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「──さんでお間違いないでしょうか?」
 振り返ると三十代前半くらいのスーツを着た女性がにこりと微笑んで立っていた。女ははい、と頷くと声を掛けてきた女は首から変えていた名札を此方へ見せた。
「国史管理部の佐藤と申します。お迎えに上がりました」
 此方へどうぞ、とエレベーターに誘導される。
 扉が閉じられると、ふわりと花のような香りが女の鼻腔をくすぐった。佐藤の香水だろうか。声を掛けられた時は気にならなかったのに。きっと密室になったから──
 意識がぼんやりとしている。その事にすら気づかず気づけば彼女は意識を失い、エレベーターの中で崩れ落ちていた。
「大変申し訳ございませんが、今暫くお待ちくださいませ。ご案内する場所は極秘事項ですので」
 佐藤は気を失った彼女にそう囁くと、先ほどと変わらぬ笑顔を浮かべた。
 
 
「……っ」
「おはようございます」
「えっ?!」
 いつの間に寝ていたのだろうか。目を開くと暗い部屋の中で質の良い革製の椅子へ座らされていた。前方から聞こえた声は恐らく佐藤のものだろう。声ははっきりと聞こえるが、姿までは視認出来なかった。
「これは、いったい何なんですか…」
 新手の誘拐か何かだろうか。少なくとも普通の人事異動ではない事は女にも分かった。
「警戒されるのも承知の上です。少なくとも此方からは貴女に手を出すつまりはございません。ですがこれは歴史とあなたを守る為ですので」
 その瞬間、バッと目の前にスポットライトが当てられる。現れたのは五本の日本刀がそれぞれ専用の台へ備えられていた。
「只今から貴方には審神者となり、刀から生まれ至る刀剣男士と共に歴史修正主義者から歴史を守って頂きます」
「はいっ?」
 佐藤の言葉の意味がすぐには理解できなかった。何から何まで話がぶっ飛んでいる。審神者?刀剣男士?歴史を守る?そんな特撮番組のような事が現実にあるのだろうか。
「すみません。新人へのドッキリか何かですか……」
「驚くのも無理はありません。この件に関しては政府からの極秘事項となっていますから、まず一般市民が知ることはございません。国史管理部とは社会人の中で審神者適正のある者が現れた際、円滑に審神者へと移る為に作られた架空の部署なのです」
 怪訝な表情を佐藤に向けるが、彼女は顔色ひとつ変える事なく説明を続ける。
「という事は、私にその審神者?の適性があるという事ですか?」
「ご理解が早くて助かります」
「いや、信じてはないんですけど……」
 そもそも霊力なんていつ、何処で測定されたのだろうか。疑問は尽きない。
「それではこの五振りの中から最初のパートナーとなる一振りをお選びください」 
 刀の前に前に来るよう案内され、席を立つ。
 女に刀に関する知識はない。
 どれを取っても同じだろうと手前に飾られていた刀に触れようとした。その時佐藤があっ、と声をあげる。その声に驚いて咄嗟に手を引いた。何かまずい事をしてしまったのだろうかと彼女の方へ振り返る。
「大切な事を伝え忘れておりました!刀剣達には決して真名……本名を伝えてはいけません」
「えっ?」
「彼等は刀の付喪神、神隠しなんて簡単に出来てしまいますから。真名が分からなければそのような事も起こりませんわ」
 その説明に顔が強張る。
「ですので、偽名を作られるのをオススメ致しますわ。例えるなら源氏名のようなものでしょうか」
 それに、互いの信頼がある審神者などは真名で生活しているものもおります。だから最初のうちは皆そのように案内しているのです。と、佐藤は説明した。
「それでは、どうぞ」

 今度こそ刀を選ぶ瞬間が訪れる。正直なところ何も納得は出来ていないのだが、ここで迷ってもキリがない。ドッキリならば早々に引っかかってしまおうと、先程触れようとした刀の鞘にそっと触れた。
「きゃっ?!」
 その瞬間、刀から眩い光が溢れ出し、激しい風と共に何かが噴き出した。視界が桃色に染まる。女は思わずその場に尻餅をついた。尻の痛みと、その正体が花弁だと風が落ち着くまで分からなかった。風が収まると桜の香りが辺りを包み込んだ。
「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく……大丈夫かい?」

 頭の上の方から声が聞こえる。視線を上げると薄紫の髪をした和装の男性が女へ手を差し伸べていた。思わずすみません、と断りを入れてその手を取る。男は顔色ひとつ変える事なく女の手を引いて立たせる。いつの間に現れたのか分からなかったが、その男の容姿が綺麗で思わず見惚れてしまった。男が口を開く。
「君が今回の主だね?」
「……あるじ?審神者の事で間違い無いでしょうか……?」
「あぁ。間違いないよ」
 男は女に優しく微笑みかける。その笑みに僅かながら安堵した。何も分からない状況で少々恥ずかしさはあるが、少なくとも目の前にいる男は頼りになりそうだ。
 
「それではそろそろ本丸の方へ移動しましょうか」
 佐藤の声が聞こえると同時に今度は足元が光を放つ。
「今度はなんなんですか?!」
「これから貴方が住むことになる本丸へ転送致します。詳しい話は彼方で」
「分かったよ」
 薄紫の髪の男はこの状況が分かっているようだ。女は驚き、またも身体のバランスを崩す。その腰に咄嗟に手を回して男は女を支えた。
 その瞬間、眩い光が再び女の視界を奪い去るのだった。
 

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