こちらを気にする事もなく、ドレムは歩いて行く。背の高さ故か足幅が大きく、早足で追いつくのがやっとだった。ドレムは大きな門の前で守衛と一言二言会話をすると、マイカに中へ入るように促した。

「あの、入って良いのですか?」
「ええ、話は通してありますので」

守衛はなかなか中へ入ろうとしない此方へ怪しげな視線を向けていた。マイカはそれに気づかないフリをして門を潜り抜けた。2人が通り抜けると守衛はすぐに門を閉じ、警備を再開した。

「ここは……」
「貴族街。文字通り貴族達が生活している区間で、一般市民の立ち入りは禁じられている」
ドレムは此方を見向きもせずに説明をしてくれた。

帝都ザーフィアス――いや、このテルカ・リュミレースという世界では人種による差別は皆無に等しいが、【身分】による差別が根強く残っている。その例となる存在が今マイカ達がいる帝都だ。
ザーフィアス城を中心に、外側に向かって位置する貴族街、次に商家などが立ち並ぶ市民街、最も外側に位置する下町では貧しい人々が力を合わせて生活している。中でもこの貴族街は頑丈な柵で囲われ、入口には城に劣らぬ頑丈な門が設置されており常時騎士団が城と同様に守りを固めている。

(物語冒頭で来たことはあったけど、こんなにじっくり見るのは初めて)

城と向かい合うように並んだ邸宅はどれ一つとして同じものはなかった。ゴシック建築の屋敷を誇示するように十分な庭があり、石像や季節の花で華やかに彩られていた。
左右に広がる風景に目を奪われていると、ドレムは緋色の屋根の屋敷の前で立ち止まった。するとタイミングを見計らったかのように1人のメイドが屋敷の中から現れた。
「これはこれは、お待ちしておりました。さぁ、どうぞ中へ」
メイドは深く一礼すると、マイカを屋敷へと案内する。屋敷の前で立ち止まったままのドレムの方へ振り向くと、彼は横に首を振った。
「俺の仕事はここまでですので。では」
無気力な声で答えたドレムは先程と変わらぬ足取りで城へと戻っていった。1人残されたマイカは目の前にいるメイドに従うほかなかった。

「こちらの部屋でお待ちください。すぐに旦那様が参りますので」
屋敷の中に入るとマイカはすぐに二階にある客室へと案内された。部屋にはバルコニーがついており、人1人が寝るには十分すぎる大きさのベッドや装飾があしらわれた机には庭で咲いていた花が生けられていた。1人部屋の中を見回っていると、コンコンと扉をノックする音が響いた。メイドが言っていた旦那様だろうか。
「どうぞ」
何も答えないのは失礼だろうと、声をかけるとゆっくりとドアノブが動いた。
「やぁ、調子はどうだね?」
「あ、アレクセイ騎士団長……?!」

思わぬ人物の登場にマイカの心臓は大きく跳ねた。メイドは「旦那様」と言っていた。
てっきり髭を蓄えた、小太りな中年男性をイメージしていたマイカにとって、予想だにしなかった人物の登場だった。アレクセイは部屋へ入るとマイカの目の前までゆっくりと歩きて来た。視線を上げると目が合った。さすが身長185センチ。
「気分転換になればとクオマレに帝都の散策を指示したのだが、疲れてはいないかね」
「お気遣いありがとうございます。とても有意義な時間でした」
頭を下げて礼を言った。顔を上げ再びアレクセイの顔を見た際、マイカは疑問に思っていたことを思わず投げかけた。
「でも何故、私をこのお屋敷に……?」
その瞬間、部屋の空気がわずかに張りつめた。
「周りを飛び回る虫が何かと私の邪魔をするものでね。君の存在は出来るだけ内密にしておきたい」
「邪魔な虫、ですか」
恐らく評議会から派遣されている監査官のことだろう。この時期、何かとアレクセイの周りを嗅ぎまわっていたはずだ。

「やはり君も理解しているようだな」
「えっ」
思わず身体がビクリと反応してしまった。アレクセイはその様子をしっかりと目にしていた。
「騎士団本部で会った時から君が何かを隠しているのは気づいている」
「……」
「初めて会った時もそうだ。君の『火には気を付けろ』と言う助言は、最近あった騎士団本部襲撃事件の事を言っているのだろう。しかし、それは君が現れる以前に起きたこと。なぜ知っている?」


「君は評議会の回し者か?それともギルドの人間か?」
アレクセイは腰にある剣にそっと触れる。
「回答によっては君を処さねばならなくなるが」
「評議会でも、ギルドの、人間でも、ありません」
「では君は一体何者なんだ?」

マイカは考える。
ここで全て正直に話してしまうべきか。ゴクリと唾を飲み込んだ。考えろ。考えるんだ。それではあの時言わなかった意味がなくなってしまう。思わず左右の拳を握りこむ。

「…今はまだ、お答えする事が出来ません」
「それは、誰からの命令だ?」
「いえ、私自身の判断です」
「そうか」

ここへ辿り着いたのは自分の意思ではないにしろ、初めてアレクセイに対面した時注意する様に述べたのは誰の思惑でもなく私自身だ。だがこれ以上未来に繋がる発言をするのも危険だと思った。相変わらず曖昧な返事しか出来ないマイカであったが、アレクセイは納得してくれたのだろうか。

「では、もう一つ選んでもらう事としよう」
「え?」
「君は本日付で退院した。それはクオマレから聞いているな?」
「はい、別れ際に知りました」
「これから君がどうするか、だが。……幾つかの道がある」

アレクセイが提示した選択肢とは以下のものであった。
一つ、遺跡から救出した時にマイカが手に持っていた赤い玉。それはテルカ・リュミレースにおいて魔核と呼ばれるものと同等の性質を持っているとされている。しかし、研究者の中でその玉を使えるものがいなかった。そこでマイカをアスピオという学術都市で移し、魔核起動の実験に協力。実験内容によっては生命の保証はされない。
二つ、このディノイア邸から一歩も外で出る事なく軟禁される。この場合、最低限の生命の保証はされる。
三つ、以降お互いに接触をしないという条件で、帝都を出て自由になる。勿論生命の保証はない。
というものであった。

「君はどの道を望む?」
「……」
被験体、軟禁、孤立。マイカにとってどの選択肢を最悪であった。どの道に転んでもきっと良い展開になる事は期待しない方が良いだろう。
思わず俯いたマイカ。視界には重厚な生地で細かな模様の絨毯に汚れひとつないアレクセイの鉄靴の先が映っている。

(鎧、か…)
今のマイカには何も力がない。
地位も身体的にも。ただ願い、流れに身を任せるだけでは何も変えられるはずがない。
力が欲しい。
目の前にいる人を守る力を。

「騎士団長…いえ、閣下。私からひとつ提案させていただいても宜しいでしょうか?」

本当はこのような事が出来る立場ではないのは重々承知しているが、意を決して発言した。


「帝国騎士団へ入団を志願します」




20200402






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