「失礼します!」
翌日、マイカの病室に1人の男が現れた。見慣れぬ私服の男に丁度談笑をしていたマイカとラテアは目を丸くして部屋の入り口に目を向ける。マイカより幼い印象を見せる男は無駄のない動きで敬礼をした。
「アレクセイ騎士団長の命により、参上仕りました。敵国騎士団所属、団長補佐官のクオマレ・ノリスであります!」
「…!」
クオマレの名前を聞いて、思わず身体が揺らいでしまった。その名前に覚えがあったからだ。
クオマレ。間違いでなければ、アレクセイの補佐官の1人である兵士だ。数名いる補佐官の中で1番印象に残っている。そんな彼がどうしてこんな所に。アレクセイは何を考えているのだろうか。

「あの、ここはマイカ殿の病室で間違いなかったでしょうか…?」
此方が返事をしなかったばかりに心配そうな表情で此方を見るクオマレ。マイカは慌てて彼に返事をした。
「あってます!私がそのマイカです!」
「…!そうでしたか!」

今度は嬉しそうな表情をする。子犬のようにキラキラと純粋な目をしている彼はきっと補佐官の中でも可愛がられているのだろう。彼は敬礼を説くと、マイカの元へ包みを抱えてやってきた。マイカはそのまま差し出された包みを受け取る。
「本日は団長より『マイカ殿に帝都の案内をせよ』との事で参りました。そちらの包みは団長閣下からの贈り物です」
「ええっ!?」
そんな事に有能な部下を使っていいのかアレクセイ。というか贈り物?プレゼント??推しから???マジで????
上品な包装を恐る恐る開封すると、中にはワンピースとソックス、パンプス一式が入っていた。
「アレクセイ騎士団長の屋敷のメイドが選んだとか…。気に入られましたか?」
「花柄のワンピースとっても可愛いじゃない!良かったですね、マイカさん!」
「う、うん…」
「ぜひそちらを着ていらして下さい。私はロビーにてお待ちしておりますので」
クオマレはそういうと病室を出ていった。ラテアはプレゼントを見て柄が可愛いだの、ソックスは市民街にある人気の雑貨屋の物だの大興奮のようだったが、マイカはそれどころではなかった。昨日の質疑からの次のコンタクトの早さが気になって仕方がなかった。
(何か起こりそうな予感がする…)
頼むから命の危機に関わるような事だけは勘弁してほしいとマイカは切に願った。





「――クオマレは対象と病院を出たようです」
「うむ、評議会の人間に気取られないよう警戒を怠るな」
「はっ」
同時刻、アレクセイのいる執務室にはクオマレの動向の報告と入れ替わりで遺跡の調査結果が届けられていた。慌てて部屋を飛び出して行った兵と違い、書類を抱えて入ってきた男は表情1つ動かす事なく、紙に記された結果を読み上げる。
「石版の碑文を解読した結果、以下のような文章になりました」

『炎ノ乙女ヨ、生ヲ求メヨ。サラバ、与エラレン』

「ふむ」
「おそらく“炎の乙女”とは彼女のことを指しているのだと思われます。これは彼女に向けた教訓のようなものでしょうか」
「何の為に」
「それ以上の事は読み取る事はできませんでした。彼女に話を聞くのが1番早いかと。話によると、彼女は何かを隠しているようだったのですよね?」
「そうだな…」
アレクセイはマイカが何かを隠しているのはすぐに気がついた。恐らく何か彼女にとって不都合な事があるのだろう。敢えてその内容には触れなかった。…何故だか触れてはいけない気がしたのだ。それに彼女は協力的に知りうる限りの事を話していたように思う。殆どの内容が現時点では確証を得られる事ではなかったが、それはこれから先解明していけばいいだけの話だ。そこで辻褄が合わない箇所を見つけた際にはその時こそ彼女を問い詰める時だろう。

「団長閣下?」
「あぁ、すまない。報告は以上か?」
シムンデルの問いかけに我に帰るアレクセイ 。シムンデルは書類をパラパラと捲り、報告を再開した。
「アスピオの魔導士から預かった魔核についての調査報告も届いております」
「聞かせてくれ」
それは数日前、シルジュから預かった小さな魔核についての報告だった。マイカがずっと握っていた物で、専門家に調査を依頼していたのだ。
「遺跡から発掘されたとされる魔核はサイズや色は我々が使用しているものと大差はございませんでした。しかし、刻み込まれている術式はアスピオの学者たちですら知らない未知のもの。加えて魔導器に装着し術の発現を試しましたが、誰一人として扱える物がおりませんでした」
「解決どころか新たな問題が増えたか」
「ある者は新発見の文明の遺産だと言い、またある者は異なる文明を発達させた並行世界が過去に接触を果たしたのではなどと意見が錯綜しております。」
アレクセイは部下の存在も気にせず、ふうと大きく溜息をついた。彼女の存在はアレクセイだけでなくアスピオを巻き込む大事へと発展してしまった。周りを彷徨く評議会の人間は遺跡だの古代文明だのに興味はないようで、深入りをされていないのが幸いというところか。さて、どうしようか。
「シムンデル。今その魔核はどこにある」
「今現在もアスピオにて調査・研究を行っております」
「アスピオの者に調査の続行を伝えよ」
「はっ」
シムンデルはアレクセイからの指示を遂行すべく、要件を済ませると執務室を後にする。
「…さて、私もそろそろ動くとするか」
アレクセイは机上の書類を片付けると、自身も執務室を後にした。


***

「嵐のようなひと時だった…」
クオマレに気づかれぬようにマイカはポツリと呟く。
ザーフィアス城付近の散策から始まった帝都案内は坂道を降りつつ、市民街、下町へと順に行われた。といっても、大体の風景はゲームで見慣れた景色だ。クオマレは加えてプレイ中には入れなかったエリアまで事細かに案内してくれるので、マイカはその度に心をワクワクさせながら巡っていたのだった。また、昼食には市民街にある人気のレストランへ行った。クオマレの馴染みの店らしく、店内の賑わいっぷりや、店員の人の良さ、味の良さにまた来たくなる訳だと納得した。午後からはどこへ行くのかと思えば市民街にある商店街へと案内された。そこでクオマレはこう言った。
「では、お好きな物をご購入ください」
飛び抜けた発言に思わず目を丸くするマイカ。勿論、所持金など持ってはいない。その事を告げるとクオマレはにっこり笑う。
「ご心配なさらずに。代金はこちらで支払いますので。さぁ、まずはあちらのお店に行ってみましょう。若い女性に人気のブティックですよ」
背を押されて入った店は、白の壁紙に薄桃色の床石、商品棚には可愛らしい服や雑貨が丁寧に陳列されていた。既に店内には何組か女性のグループがおり、皆雑談をしながら商品を選んでいた。店内でたった1人男性であるクオマレは何をしてるのかと思うと、店員と何やら話し込んでいる。マイカはせっかくなので店内を見渡しながら服を見る事にした。
商品はどれをみても中世の西洋を思わせるデザインで元の世界で好んでいたようなラフな服は殆どなかった。どれもシンプルなように見えて裾に小さく刺繍があしらわれていたり、色も派手過ぎず、着る分には申し分ない。しかし、やはり着慣れないデザイン故、何を選べばいいのか正直よく分からなかった。
「お困りですか?」
そんな時、クオマレと話し込んでいた店員が話しかけて来た。辺りを見渡すとクオマレの姿はない。
「男性のお客様は店の外で待っているとの事でございます」
「あっ、ありがとうございます…」
「お客様のお召し物一式を幾つか見繕うように申し使っております。さぁ、どうぞこちらへ!」
「えっ、あっ、はい…?!」
流れるように店の奥にある試着室へと案内されると、現在若い女性に人気だというドレスから歩き疲れないパンプス、通気性の良い下着類など多種多様な商品の紹介が始まる。気に入ったものは試着をし、それが終わればまた新たな服の紹介が始まる。
――店を出る頃にはマイカの表情は完全に疲れ切っていた。
「マイカさん!いい品は選べましたか?」
「は、はい……」
「先ほど購入した商品は後程届けるよう手配しておりますので、次のお店に参りましょうか」
「次?!」
「はい、こちらに化粧品を取り扱うお店がありますのでご案内いたします!」
数時間待たされていたクオマレは朝と変わらぬ笑顔でマイカをエスコートする。そんな彼の提案を彼女は断れなかった。
二軒目の店もまた店員の勢いが強く、あれやこれやと商品の説明を受けた。しかし普段あまり化粧をしなかったマイカは最低限の薄化粧が出来るだけの品を買い1時間も経たずに退店をした。あまりの早さにクオマレは充分に買い物ができなかったのか心配していたが、欲しい物は買えたと説明すると、安心したようだった。
「それでは、最後にご案内する場所がありますので、こちらへ」
2人でザーフィアスの中心は向かうべく、登り坂を登る。空を見上げると、陽は傾き風は少し冷たくなってきた。
すれ違う人々は今日の夕飯の話だったり、飲み屋に向かう仕事を終えた者達など、元の世界と変わらない人波に懐かしささえ感じてしまう。感傷に浸っているうちに、ザーフィアス城の前まで到着したようで、クオマレの足が止まる。マイカが入院している病院はまだ距離がある。どうしたのだろうか。
「クオマレさん?」
「マイカさん、私とはここで御別れになります」
「え?」
1人で帰れという事だろうか?ぼんやりと道は思い出せるが、無事たどり着ける自信はない。
「えと、病院はあちらの方向であってましたっけ」
「あれ?マイカさんは本日付で退院だと閣下からお聞きしていたのですが」
「?!」
聞いてないぞ。初耳だ。お喋り好きなラテアからもそのような話題が出ていなかった。もしやシルジュ先生が伝達し忘れてだのだろうか?それはそれで大問題だと思うんだけど。
「ですので、これから別の者が今夜のお宿へご案内致し……ドレム!こっちだ!」
城の正門から出てきたのは黒縁眼鏡をかけた長身の男は気怠そうにこちらへ歩いてくる。
「ここからは同じく、補佐官であるドレムが案内役を勤めますので」
「ドレム・キッサーラと申します。では行きましょうか」
首をゴキゴキと鳴らしながら出発する。
マイカはクオマレに一言御礼を述べると、ドレムを追いかけるべく足早にその場を後にした。






20191023





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