「ではまず君のことについて教えてもらおうか」
アレクセイが問う。その視線は鋭く、マイカは思わず体を縮こませる。
「君は帝都が管轄している街の住人ではないな。しかし港街でも調査に当たらせたが目撃情報があるわけでもギルドの人間でもない。一体何者だ?」
「私、は……」
なんと答えればよいのだろうか。別の世界から来ましたー、なんて正直に話したとしてもそう簡単に信じては貰えないだろう。きっとここが運命の境目だ。マイカはそう思った。

「名前はマイカ、歳は…20歳になったばかり、です。記憶を失う前はどこにいたか、家族がいたかも分かりません」
「ほう」
「……病室で目を覚ます前は炎の中にいた覚えがあります。誰かの声がたくさん聞こえてきて…」
「炎?」
「一面が真っ赤に燃えてる中に立っていたんです。声は色んなところからこだまみたく響いてきて、私を呼んでました。信じて貰えないと思いますけど…」
「ふむ……」

実際には記憶など何一つ失ってはいないのだが、嘘を交えながらもマイカは出来る限り本当のことを言った。相手は評議会を騎士団の代表としてたった1人で相手にしているような人間だ。こんなちっぽけな人間の嘘なんか、いとも容易く見抜いてしまうだろう。だからこそ彼女は自分が辻褄の合わない発言をしないように一言一句気を抜かずに発言した。膝の上で握りしめた拳が汗で湿っぽかった。

アレクセイは少し間を開けて、次の質問へと移った。今の情報だけでは結論が出せないのだろう。マイカはその様子に安堵し、アレクセイの指示に従った。

「その封筒の中身を見てほしい」
アレクセイの指示通り、マイカは目の前に置かれた封筒を手に取り、中身を取り出した。中には何枚か紙が入っており、建物の図や、地図、記号の羅列など、記されているものは様々だった。
「この中で知っているものはあるか?」
マイカは1枚1枚手に取り、隅々まで目を通していく。しかし、地図や建物に心当たりはなかった。
(こんな場所、ゲームの中にあったっけ…?)
もしかして、自分がまだ攻略していないだけなのかもしれないが、外伝にもこのような場所がある記述はなかったように思う。マイカは正直に首を横に振った。

「君はあの時、高熱にうなされ意識がなかった為説明するが、君はその図の遺跡の中から現れたんだ。炎を纏ってな」
「本当ですか!?」
「あぁ、私の目の前で起きたことだからな。疑いようもない事実だ」
「その時、何か声は聞こえましたか?」
「大勢の声ではなかったが『舞台は整った、扉は今開かれる』と。勿論、付近に人の気配はなかった」
「そうですか……」

自身が現れた状況をようやく知ることができた。しかし、現状に光をさすような情報は得られなかった。それは向こうも同じようで、次の質問へと移ろうとしていた。

「では、これについて何か分かることは?」
アレクセイは新たに一枚の紙を差し出した。マイカは受け取った紙に目を通すと見知った平仮名や片仮名が等間隔に並べられていた。しかし、どの方向から読んでも単語としては成り立っておらず、意味は分からなかった。
「…これは私の知っている文字です。音として声に出すことはできますが、この並べられた文字では単語にならないので意味を読み取ることは出来ません」
「構わん。1文字ずつ、どのように発音するか教えてほしい」
「分かりました。まずこの文字ですが……」

マイカはテーブルの上に用紙をおいて、1文字ずつ文字を読み上げると、アレクセイはいつのまにか手にしていたペンで文字の横に読み方を記していく。気品あふれる所作に身分違いというのを感じさせられる。しかし、そんなことよりもこんな些細な協力作業だけで、顔がにやけそうになってしまうのは緊張感が欠けているせいだろうか。


「……以上です」
「協力、感謝する」
アレクセイは机上に広げられた紙を封筒にしまうと、マイカに礼を述べた。文字の解読のあと、幾つかの質問を投げかけられたが、私のこの世界でのコミュニーケーション能力や、一般常識を確認するものだった。これ以上、炎の空間や、遺跡について聞かれても返答に困るだけだったのでマイカは心の中でホッと息をついた。
「今日は突然呼び立ててすまなかった。続けざまの質問で疲れただろう?」
「いえ…!私の方こそ、あの病室で目覚めることまでの事が分かって少し安心しました。見知った人もいないし、分からないことばかりで不安だったので」
「そうか、気になることがあればいつでも言いなさい。シルジュを通じて面談の予定を組みこもう」
「そんな…!騎士団長さん?なんですよね?お忙しいのでは…!」
「今日の話を聞いて興味が湧いてね。記憶を取り戻したら、すぐに連絡を」
「分かりました…!」
にこりと微笑みながらアレクセイは席を立った。恐らく執務室に戻るのだろう。

「アレクセイ騎士団長…!!」
「?」
マイカは思わず立ち上がり、彼を呼び止める。
「何かね?」
「あっ、えっと…」

安易に呼び止めてしまった事を激しく後悔する。
「何もないようなら私はもう行くが……」
「……っ」
マイカは言葉を詰まらせる。

ここで、私が知る全てを伝えられたなら、未来は変わるのだろうか。この人が非道な道を選ぶ事なく、帝都の未来を築いていく。今ここで私が口を開けば。未来が変えられるかもしれない。

「あ、の……!」

声が震える。
私の発言で世界が変わる。
知らない未来が始まる。
汗で湿った手をぐっと握り込んで、マイカは声を絞り出した。

「火、には、気をつけてください…!!本とか、燃えやすい物は特に!大切な物は絶対に手離さないで…!」
「……忠告、感謝する」

アレクセイは少し間をおいてそれだけを述べると、部屋から退出していった。マイカはドアが締められるのと同時に、緊張の糸が切れ、フラフラとソファへと座り込んだ。

言えなかった。
自分の発言一つで未来が変わると思うと怖くて言えなかった。
僅かに身体が震えている。マイカは抑え込むように自身を抱きしめた。
暫くしてシルジュが車椅子を押して迎えに来た。青ざめた彼女の表情を見てアレクセイに何かされたのかと心配そうに声をかける。マイカはぎこちない笑みで「少し疲れただけです」と返すと行きと同様に車椅子に座った。帰り道、シルジュは少しだけ回り道をして夕陽に染まる帝都の街並みを眺めながら病室へと戻った。

同刻。
アレクセイは自身の執務室に補佐官やアスピオの研究員を集めていた。
「例の遺跡についてだが、解読不能のしていた文字の発音が分かった」
「本当ですか!閣下」
クオマレはきらきらと目を輝かせながら声を上げた。アレクセイから書類を受け取ったシムンデルは、先程まで解読を続けていた碑文の資料を机上一面に広げる。
「頼んだぞ、シムンデル」
「はっ。解読が完了次第ご報告に参ります」
澄ました表情で敬礼をすると、すぐさま研究員たちと解読を再開した。
作業に集中する彼らの様子を見ていると、クオマレがアレクセイに問いかけた。
「あの、例の女性の正体はお分かりになったんでしょうか?」
「まだ記憶が曖昧なようで、そこまでは分からなかった」
「そうですか…」
アレクセイは心配そうなクオマレの様子を見て、ふと妙案が浮かんだ。彼の人柄なら問題ないだろう。

「そうだクオマレ。君に一つ頼みたいことがある」
若き補佐官は、まるでご褒美をもらう子供のように嬉しそうにアレクセイを見上げていた。




20190911



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